■ 少年探偵レオン

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note 3. 消えた足跡 [解決編]

「犯人は、執事さんだよ」
 レオンが言うと、全員が執事のほうを振り向いた。
「な。ど、どうしてこのわたくしが、旦那様を襲うなんて……」
 執事は激しく動揺する。
「それに、こんな老いぼれが身軽に木に飛び移ったり、走り回ったりできるはずもないでしょう。近ごろ足腰が弱くなって、耳さえ遠くなっているというのに」
「ほんとうに?」
 レオンが挑むような視線で見つめてくる。
「耳が遠くなっても、ガラスの音はちゃんと聞こえるんだね」
「え?」
 狼狽する執事に、レオンはニッと笑った。そして破れた窓の前に立って、木枠に残っていたガラスの破片の一部を折り取る。
「執事さんは、ガラスが割れた音に気づいて下に降りてきたって言ったよね」
「え、ええ」
「こんなに薄っぺらいガラスの音が、ほんとうに執務室から聞こえてきたの?」
 レオンは全員の前で、掌ほどの大きさの破片を両手でつまみ上げた。指に力を込めるとガラスは簡単にふたつに割れた。
「そうか。もしかして……」
 クロードがなにかに気づいて、机の上の間取り図を凝視する。
「……執事さんとクライスさんの部屋は両方とも三階にある。でも、この位置関係だと、ガラスが割れて真っ先に気づくのはクライスさんのはずだ。なのにクライスさんは音では気づかないで、外の騒ぎでやっと気づいている」
「そう。そもそもこのルートが正しいなら、ボクらが門の前でグズグズしていたときに犯人は一階の窓を割って屋敷に入りこんだはずだ。なのにその音はぜんぜん聞こえなかった。クロードお兄ちゃんだって外にいながらガラスの音には気づかなかっただろ? つまりこの屋敷のガラスはその程度の音しかしないんだよ。だからクライスさんの反応は間違ってない。間違ってるのは執事さんのほうだ」
「なるほど。ヨークの部屋は三階でも奥まった場所にある。外にいても聞こえない音を、こんなに離れた所から聞き取れるはずはないな」
 キュール卿も納得する。
「たぶん、クライスさんが先に『外の騒ぎで気づいた』って証言したから、それよりも前に気づいたことにしてつじつまを合わせようとしたんだろうね。なんせ門の前に駆けつけたのはクライスさんよりも先だったから。でも、その配慮が逆に『聞こえないはずのガラスの音』という矛盾を生み出してしまった」
 言い終えて振り向くと、執事は拳を震わせて項垂れている。
「じいや……どうして」
 クライスが声をかけたとき、執事は突然破れた窓へと駆け出した。老人とは思えないほどの素早さで。
「じいや!」
 若旦那の制止もきかずに窓に向かったが、そこにはレナが立ちふさがっていた。彼女は払いのけようと突き出された相手の腕をつかんで、逆に軽々と背負い投げを見舞った。背中から地面に叩きつけられた執事は、茫然とレナの顔を見上げる。
「レナ・ランフォードをなめないでよね」
 彼女はふふん、と得意げに鼻を鳴らす。レオンの隣ではクロードが片手で顔を覆っていた。

「実は……先月より、わたくしの孫娘が重い病に冒されまして」
 すっかり観念したように床に座りこんで、執事はか細い声で話し始める。
「医者に診せたところ、治療には莫大な金がかかると宣告されまして……わたくしや娘婿の月々の給金だけではとてもまかなえる額ではございません。しかも早急に手を打たなければ命すら危ういと……」
「それで、屋敷の物を盗んで金にしていたわけか」
 クライスが言うと、執事は両手をついて下を向いた。
「申し訳ありません……」
「なぜ、私に相談してくれなかったのだ」
 キュール卿が憮然としたように聞いた。
「長年お世話になっている旦那様にご迷惑はかけられません。外からの泥棒の仕業としておけば、わたくしも気が楽だったのです。まったくもって、弱い人間でございます……」
 すすり泣きを始める執事に、その場は静まりかえった。
「……まったく」
 と、キュール卿はひとつ溜息をつくと、いきなり頭の欠けた獅子像を担いでそのまま窓際へと向かった。
「父上?」
 クライスたちが見守る中、キュール卿はなんのためらいもなく窓から石像を放り投げてしまった。少しして、どすんという鈍い音が下のほうから部屋に響いた。
「これで我が家の家宝はなくなった」
 キュール卿が言った。
「『虹の瞳』があれば、治療費は用足りるのだな?」
「旦那様?」
 執事は顔を上げて目を丸くする。
「持っていけ。もはやそれは家宝ではない。お前のものだ」
「し、しかし……!」
「ただしひとつだけ、条件がある」
 困惑する執事の前に、キュール卿は片膝をついて向き合った。
「これからも我が家に仕えてくれるな?」
 その言葉で、執事のこわばった表情がみるみる綻んでいく。
「ありがとうございます。ありがとうございます……」
 床に頭をつけて、震えた声で何度もそう言った。キュール卿はその小柄な肩に手を置きながら、静かに彼を見つめる。
「人が好すぎるんだよなぁ、父上は」
「まったくだね」
 クライスとレオンが並んで言った。それからクライスは、ん?と横を振り向いて。
「ところで君、いつまでその恰好をしているつもりなんだい?」
「え? ……あ」
 とたんにレオンの顔が真っ赤になる。
「気づいてたんなら早く言ってよ!」
「いや、気づくも何も……」
 クライスの言葉を待たずにメイド姿の少年は部屋を飛びだしていった。
「あの子の着替え、お城に置いて来ちゃったんだけど……あの恰好でお城に入れてくれるかしら」
 と、レナ。
「そう思うんなら、ついて行ってあげなよ……」
 今回の仕掛け人は飄々としたものである。これであの少年の人格がますます悪い方向に向かわないことを、クロードはひそかに祈った。


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