■ 少年探偵レオン

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note 9.出題編 / 解決編特別篇出題編 / 解決編

note 6. 怪盗見参・狙われた名探偵 [解決編]

 濃紺の空に浮かんだ月は、きれいな真円を描いていた。それに照らしだされて、眼前に立ちはだかる壁のような屋敷の輪郭が浮き上がる。ラクールのこの一帯は貴族や富豪の屋敷が集まっており、この程度の豪邸はさほど珍しいものではない。
「ホントに、ここなの?」
 不安そうにプリシスが聞いた。クロードは屋敷を見上げながら、しっかりと頷く。
「ああ。ここ以外に考えられない」
 レナが手に握っていた懐中時計を見た。針はちょうど十時を指し示している。
「時間よ」
 そう彼女が言ったとき、不意に屋敷の扉がぎぃ、と音を立ててひとりでに開いた。扉の先は、夜空よりも濃い闇。三人は顔を見合わせ、神妙に頷くと、敷地へと足を踏み入れていった。
 思いきって暗闇の中に飛び込むと、見はからったようにシャンデリアの明かりが灯って、ホールの内部を隅々まで照らし上げた。床はよく磨かれた大理石で、三階まで吹き抜けの天井は色とりどりのステンドグラスが填め込んである。両脇の壁には個室の扉がずらりと並び、正面の階段の先の踊り場には見覚えのある男の肖像画が飾られていた。シルクハットにタキシード、それに黒マントを羽織りトランプを指に挟んで気障なポーズを取っている仮面紳士。633Bだ。
「ようこそ、我が屋敷へ。よくぞここを探り当てた」
 屋敷のどこか遠くのほうから、633Bの声がした。姿は見えない。
「だが、偶然辿り着いてしまったということも有り得るからな。今一度、確認させてもらう。あのカードからどうやってこの場所を導き出したのだ?」
「カードに書かれていたAとPはそれぞれ午前と午後、数字はあの時点から何日後かを意味している」
 クロードが説明を始める。
「それを元にして、四枚のカードから法則性を割り出して、三日後の午後十時がどのカードなのかを突きとめればいい。法則は……1日後の午前1時をスペードの1として、スペードの2が午前2時、3が午前3時と順番に対応させていく。スペードの13では午後1時となって、その次からはマークが変わってクラブの1が午後2時、2が午後3時と数字と時刻がずれていく。クラブが終わればダイヤ、その次はハート、そしてまたスペードへと戻る。そうやって順繰りに対応させていけば、四枚のカードすべてがうまく当てはまる。 法則表  そして、3日後の午後10時に該当するカード……それが、クラブの5だ。あの座標でそれに当たる位置には、この屋敷しかない」
「ご名答。パーフェクトだ」
 その声はすぐ真上から聞こえてきた。靴音高く階段から下りてきて、踊り場に現れたのは、言うまでもなく633Bと、彼に伴われて降りてきた……。
「レオン!」
 クロードが呼ぶと、少年はハッとこちらを向いて、それから照れくさそうに下を向いた。特に変わった様子もなさそうなので、クロードたちはひとまず安堵した。
「約束だ。レオンを返してもらおうか」
「そう急くな。言われずとも子猫くんは返すよ。ただし、別れの挨拶くらいはさせてくれ」
「え……?」
 目を丸くするレオンを抱き寄せて、怪盗は小さな額に唇を押しあてた。その仕種はどこか儀式めいていて、何かのまじないのようにも見えた。
「さあ。もう行きなさい」
 レオンは突然のことに茫然と見つめ返していたが、633Bがそっと肩を押しやると、慌てて背を向けて階段を駆け下りていった。
「大丈夫か、レオン」
「う、うん」
 クロードたちの前で立ち止まると、うつむき加減に返事をした。その様子に、プリシスがむくれる。
「なーに真っ赤になってるんさ」
「べっ! 別に、ちょっとびっくりしただけだよ」
 強がってみるが、やはり頭は上げられない。指摘されればされるほど、顔が火照っていくのが自分でもわかった。
「ひとつだけ子猫くんに忠告しておく」
 633Bが言った。四人がいっせいに彼に注目する。
「君は、ある危険な存在に狙われている」
「自分のことじゃないか」
 ぼそりとクロードが呟くと、真面目に聞きたまえ、と怪盗に厳しい口調でたしなめられた。
「私などより遙かに危険な奴だよ。そして君は既に一度、奴に命を狙われたはずだ」
「あ……」
 思い出した。あれは劇場での誘拐事件を解決したときだった。薄暗い倉庫に響いた、奇妙な声。
 ――私はいつでも、貴方を狙っています。
「あなたは、あのひとのことを知ってるの?」
 レオンとともにあの場に居合わせていたレナが訊ねた。
「……こちらの世界ではその名を知らぬ者はない、残酷非道の犯罪屋だよ。狙った獲物は必ず仕留める。どんな手段を使ってもね」
 プリシスが唾を飲み込んだ。レオンは口許を固く引き締めたまま、怪盗を睨んでいる。
「どうして奴が君に目をつけたのかは知らん。どこかから依頼があったのかもしれない。だが、今現在君が危うい状況におかれていることは事実だ。私は君を死なせたくない。だからこそ私のそばに置いて、守ってやりたかったのだが……」
「そーゆうのを口実っていうんだよ」
 プリシスが断言すると、怪盗は手厳しいね、と肩を竦める。
「まあ、それはともかく勝負には負けたのだから、子猫くんは君たちに返しておく。だが、私もまだ諦めたわけではないからな。いつかまた君たちの前に現れる日が来るだろう」
 言い終わらぬうちに、633Bの身体が宙に浮いて、背後の肖像画と重なる位置まで昇った。
「それでは。再び相見える日を楽しみにしているぞ。それと、くれぐれも用心を怠らぬよう……」
 そうして、彼は肖像画に溶けこむようにして消えた。
「二度と出てくんな、この変態ッ!」
 プリシスが肖像画に向かって怒鳴りつける。すると、見計らったように彼女の真上から布のようなものが降ってきて、頭に被さってきた。
「わっ! な、なに?」
 いきなり視界を閉ざされたプリシスは両手をばたつかせて藻掻いた。クロードが手に取って見ると、それは一着のドレスだった。
「これって……もしかして、ウェディングドレス?」
 純白の布地に凝った刺繍の施された裾。どう見てもそれは、花嫁衣装。
「今日の日のために作っておいたものなのだがな。もはや必要がなくなった。記念にプレゼントしておくよ」
 どこからともなく怪盗の声が聞こえた。クロードは少し気になって、試しにレオンの身体にドレスを重ねてみる。胴回りから丈の長さまで、すべてがぴったりと当てはまった。
「あいつ、本気でレオンにこんなもの着せるつもりだったんか……」
 うんざりしたようにプリシスが言う。それから、レオンのほうを向いて。
「ちょっとレオン、さっきからなに黙りこくってるのさ。あのエロ仮面になんか変なコトされたの?」
「そっ、んなんじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
 いつもとは違う様子に、レナが心配そうに聞き返した。レオンは自分の靴を見つめながら、口を尖らせて、小さな声で言った。
「……来てくれて……ありがと……」
 プリシスははじめきょとんとして、それからニカッと笑ってみせた。レナも微笑を返す。
「僕らの力だけじゃないさ、きっと……」
 そう言って、クロードは天を仰いだ。


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