■ 少年探偵レオン

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note 7. 栄光の夢 [解決編]

「お兄ちゃん、あの人の持ち物を調べてみて」
 レオンが指さしたのは、亜麻色の髪の付き人だった。全員の注目が集まる。
「なっ、こんな時に何をふざけたことを……」
 そう抵抗するも、イットの表情は芳しくない。
「じゃあ、その服のポケットに入ってるものを見せてくれるかい?」
 レオンが手を差し出しながら言ったところで、彼の命運は尽きた。
「……ちっ」
 付き人はおもむろにポケットから翡翠色に輝く石を取りだした。
「大したもんだ。僕がこいつを持っていると見抜くとはな」
「ディアが教えてくれたんだ」
 レオンが言った。
「『りあなわいり』ってのが、キミのことを示していた。ディアはどうも、人間を『髪の色』と『自分から見た背の高さ』で区別しているらしくて、それぞれ『りあな』が髪の色、『わいり』が背の高さを表してる」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「ヒントになったのは、ティッポが見せてくれた表だよ」
「へぇ?」
 ティッポは首をひねった。
「ディアはボクのことを『いすからいか』って呼んでた。で、あの表を見てみたら、『いすか』は『空』、『らいか』は『下』って意味になってた」
「あ、そういうことか」
 そこでクロードは納得した。
「つまり、空ってのはレオンの髪の色のことなんだな」
「そ。んで、ボクはディアより背が低いから『下』なんだ。逆に背の高いお兄ちゃんには『上』を表す『わいり』を使ってた」
「そして、この犯人も『わいり』……つまりディアよりも背の高い人間ってことだから、背の低い長老は外されるわけか」
「さらに、真珠屋は髪の色が金髪だから、お兄ちゃんと同じ『みがう』でなくちゃいけない。となると残ったのが……うわっ」
 突然、建物が大きく揺らいだ。周囲のパイプの明滅も激しくなり、時折火花のような閃光も放ち始めている。
「おいおい。早く石を戻さへんと……やばいんとちゃいまっか?」
「そうじゃ……さあイット、茶番は終いじゃ。石をここに!」
「嫌ですね」
 長老の言葉に、付き人は薄い微笑を浮かべながら答えた。
「いい加減、うんざりなんだよ」
「なんじゃと?」
 彼の真意を測りかねた長老が、目を剥いた。イットはその長老を見据えて、静かに語り出した。
「狭苦しい箱庭の中で歯車のようにこせこせと働くのは、もうたくさんだ。ここにいては何も始まりはしない。僕はずっと機会を窺っていた……この村から解放され、僕が全ての中心に立つ日を夢見ていた。そして、それはこの石があれば達せられる」
「お前は……」
 長老は絶句していた。腹心の裏切りが信じられなかったのだろう。
 そして、一瞬の隙を衝いてイットは出口へと駆け出した。
「待て!」
 クロードが追いかける。イットは振り向きざまに手をかざして、唱えた。
「マグナムトルネード!」
「うわぁっ!」
 間近にいたクロードはおろか、少し離れた場所にいたレオンやティッポたちも大気の渦に巻きこまれ、舞い上げられた。
「あいたたた……」
 渦はすぐに治まったが、床に打ちつけた腰をさすりながら部屋を見渡すと、付き人の姿は既にどこにもなかった。
「大変だ!」
 扉の前に立っていたティッポが、叫んだ。
「扉が開かねぇ!」
「なんじゃと!?」
 イットはわざわざ扉を閉めてから出ていったようだ。その時点ではまだ家はかろうじて動いていたのだろう。だが今は。
「あっ!」
 ついに照明が完全に消えた。暗闇の中に彼らは閉じ込められてしまった。地面を走るパイプばかりが不気味に点滅する。
「万事休す、か」
 長老が唸るような声を洩らした。振動はいよいよ激しくなり、あちらこちらで壁の軋む音がそれに混じった。
「がる……」
 レオンの背後から、悪魔が声をかけた。レオンが振り返ると、暗くて表情はわからなかったが、彼だけは不思議と落ち着いているような感じがした。
「えるむが ゆら いすからいか」
「……え……?」
 もちろんその言葉は理解できなかったが、なぜだか、そのときだけは、彼の気持ちが心の中に伝わってきたような気がした。
 ――ありがとう。
「ディ……う、わあぁぁっ!」
 彼の名を呼ぼうとしたそのとき、なんの前触れもなく足許の床が崩れだした。闇の中から更に濃く深い闇へと引きずり込まれた。そして、なにを思う間もなく少年の意識はふたたび闇の奥底へと封じ込められてしまい――。

「レオン!」
 いきなり自分を呼ぶ声がして、レオンは咄嗟に起き上がって目を開けた。すぐ目の前にレナの顔があった。
「きゃっ!」
 いきなり起き上がったので、彼を呼んでいたレナのほうが逆に驚いてしまった。
「お姉ちゃん……か」
「ああ、びっくりした。……だいじょうぶ?」
 胸を撫で下ろし、それからレオンに訊いた。
「別に……それより、ここは?」
 レオンはあたりを見回したが、暗くてよくわからない。
「お前たちが落ちた部屋の、ちょうど真下の部屋だな」
 レナの背後に立っていたエルネストが言った。
「あなたたちが下に落ちちゃったから、あたしたち慌ててこっちに来たのよ。まぁ、ちょっと部屋に入るのに手間取ったけどね」
 オペラはレオンたちから少し離れた場所にいた。照明灯の先には、吹っ飛ばされて拉げてしまった扉の片割れが転がっている。
「……ちょっと待って」
 レオンが言った。
「ボクたちが落ちてから、どのくらい時間が過ぎてるの?」
「え? 私たちがここに来るまで三十分も経ってないわよ」
 レナの言葉に、レオンは目を瞬いた。
 やっぱりあれは夢だったのか? それとも――。
「う……ん? ここは……?」
 暗闇の向こうから馴染みの声がした。
「クロード、そこにいるの?」
 オペラが目測をつけて部屋の中央付近を照らすと、ちょうど頭を振りつつ立ち上がるクロードの姿があった。
「ああ。なんだかよくわからないけど無事みたいだ……あれ?」
 クロードがこちらに向かって歩きかけたところで、何かを見つけてすぐに立ち止まった。
 オペラが照らす位置を少しずらすと、そこには奇妙な形をした台座があった。球形の窪みがある、空の台座。
「これって……」
 レオンは思わずクロードと顔を見合わせた。向こうも困惑したような表情をしている。
 まさか……この部屋が、あの?
「どうしたの?」
 レナに顔を覗きこまれて、ようやくレオンは我に返って、首を振った。
「いや、なんでもないよ。……それより、もうこの部屋に用はないだろ。早いとこ出よう」

 その後彼らは、あの広い隠し部屋へと戻って隅々まで調べてまわったが、レオンたちが落ちたはずのすり抜ける床は、どこにも見あたらなかった。
 そして、壁に刻まれた悪魔についての一文も、忽然と消滅していたという――。


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