■ 少年探偵レオン

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note 9.出題編 / 解決編特別篇出題編 / 解決編

note 9. 心の迷い人 [解決編]

「……さて、答えは見つかりましたか?」
 しばしの沈黙ののち、男が聞いた。レオンは部屋の真ん中で、腕を組んでじっと三つの扉を見つめていた。
「…………待てよ?」
 ふとレオンは振り返って、金属板を見た。
「まさか……」
 駆け寄って、板に刻まれた文章を一字ずつ確認するように目で追っていく。そして。
「わかったよ」
 そう言うと、ゆっくりと地面を踏みしめるように、扉へと向かってゆく。
 立ち止まったのは、右端のドア。
「ふむ。羊、ですか。その理由は?」
 レオンはしっかりした口調で、言葉に答えた。
「『真実の獣はここにはいない』」
「それが?」
「問題なのは、『ここ』がどこを指しているのかってこと。ずっとこの部屋のことだと思ってたけど、そうじゃなかったんだ」
 そこまで言うと、レオンは金属板を指さした。
「『ここ』は、あの中のことなんだよ」
「あの中?」
「つまり、あの文の意味は『文章の中に真実の獣の名前はない』ってことなんだ。それでよく文章を見てみると、鹿と虎はちゃんと『いる』んだよ」
「ははあ、なるほど。『“とら”れることを』『た“しか”に見たはずの』……確かに名前が含まれてますな」
「文章に名前のないのは羊だけ。だから『真実の獣』は羊ってことになる……と、思うのだけど……」
 珍しくレオンが言葉を濁して、男は首を傾げた。
「おや、やけに弱気ですね。自信ないのですか?」
「……いつだって、ボクは自信なんてなかったよ」
 そう言って、下を向いた。
「そうですか? 普段は自信たっぷりに推理しているじゃないですか。『事件解決だいっ』なんて言ったりして」
「なんであんたがそんなこと知ってるんだよ」
 レオンが睨むと、男は口を手に当てて、おどけた顔をしてみせた。余計なことを言ってしまった、というふうに。
「まあなんにせよ、普段もそうやって素直でいてほしいものですがね」
 男の言葉に、レオンは口を尖らせてぷいとそっぽを向いた。
「さあ、こんな所でのんびりしていても、ろくなことがありませんよ。あなたが自分で導いた結論です。自分を信じて、前にお進みなさい」
「……うん」
 レオンは扉に向き直った。そして、鍵を差し入れて、回す。かちゃりと音がして、錠は解かれた。
「あ……」
 鍵穴から抜こうとする前に、鍵は音もなく消え去った。
 レオンは背後を振り返った。男は勇気づけるように、ひとつ頷いた。少年も頷き返して、前を向くとドアのノブに手をかける。
 お願いだ。合っていて……!
 念じながら、思いきってノブを回して一気に開け放った。目の前に広がる光景を確かめる間もなく、レオンは見えない力に引かれて扉の向こうに吸い込まれた。
「わっ……うわあああぁぁっ――!!」

 クロードたちは、広間で怪盗と対峙していた。
「さて、どういうことなのか、説明してもらおうかな」
 レオンをその背に負ったまま、クロードが言った。
「その必要はない。彼をこちらに引き渡してもらえれば、君らに用はない」
「にゃにお~」
 プリシスは憎らしげに怪盗を睨んで、叫んだ。
「あんた、ついさっきまでイイヤツだったじゃんか! なんで急にこんなことすんだよっ!」
「そんなに粋がったところで、最早どうにもならないのだよ」
 怪盗は涼しげに言い放った。
「彼はもう、二度と目覚めることはないのだから」
「……ふざけるな」
 クロードはレオンをレナに預けると、剣を抜いて怪盗に突きつけた。
「今すぐレオンの目を覚ます方法を教えるんだ。でないと、力ずくってことになるぞ」
「ふっ。できるのかな」
 そう言っておもむろに懐から出したのは、小型の銃らしきもの。クロードは目を瞠った。およそ怪盗には似つかわしくない武器だった。
「これが何かわかるかね。エナジーストーンを精製して作った紋章銃だよ。持ち主の紋章力を数倍に増幅して、放たれた光弾はあらゆるものを焼きつくす」
「なっ……」
 狼狽えるクロードに、怪盗はニヤリと笑って。
「試してみるかね?」
 言うが早いか、銃身が翡翠色に輝きだし、きぃんと耳鳴りのような音がした。危険を感じて身構えるクロードに、銃口から光が弾丸となって放たれた。
「うわぁっ!」
 光は剣に当たり、クロードは木製の扉を突き破って廊下まで弾き飛ばされた。
「クロード!」
 プリシスが駆け寄ると、クロードは砕けたドアを背中に敷いて倒れていた。手に握られた剣は柄の部分を残して消失していた。
「くそっ……」
 クロードは上半身を起こしてむせ返った。そして部屋の方を見ると、銃口はレオンをかばうレナに向けられていた。
「レナ、危ない!」
 レオンを背後に隠して、レナは毅然と怪盗と睨み合っていた。
「退きたまえ。私の標的はそこの彼だけだ。だが邪魔をするとあっては、君もただでは済まないよ」
 怪盗の脅しにも、レナは少しも動じる気配はない。
「ふむ、覚悟の上か。よかろう。それなら私も遠慮はしないよ」
 再び銃が光を帯びる。レナは目を瞑り、精神を研ぎすませて、呪紋を詠唱した。
「プロテクション!」
 レナの前に光の盾が生じた。怪盗は構わずに光弾を放つ。光と光がぶつかり、そして一瞬のうちに爆ぜた。
「ああっ!」
 紋章銃の一撃は相殺したものの、その際に起きた衝撃をまともに食らって、レナは壁に叩きつけられて昏倒した。
「あっ……あ……」
 プリシスは倒れたまま動かないレナを見て、それから怪盗を見た。彼が次に狙うのは、間違いなく。
「さて。それではいよいよメインディッシュに……ん?」
 レオンに銃口を向けようとすると、プリシスがその前に駆け寄って立ちはだかった。
「何の真似だね?」
「見りゃわかんでしょ」
 プリシスは通せんぼをするように腕を広げて、それから首を動かして未だ意識の戻らない少年をチラッと見た。
「生意気でガキっぽくてちっとも可愛くないヤツだけど、それでも、あたしが守ってやんなきゃダメなんだよ」
 怪盗はちっとも面白くなさそうに、仮面の奥の瞳をプリシスに向けた。
「そこの二人と違って、君は丸腰だ。銃撃を食らえば致命傷は免れないよ」
「だからなんだよっ」
 言葉だけは威勢のいい少女に、怪盗は鼻で笑って、そして銃を構えた。
「恨むなら、君の後ろで寝ている彼を恨むことだな」
 銃身が輝き、銃口から光が洩れる。プリシスはギュッと目を瞑って、身を固くした。
 光弾が放たれた。次の瞬間、それはプリシスの身体を貫く――はずだった。
「何?」
 銃撃は少女の手前で何かにぶつかるようにして炸裂した。激しい光が部屋に充満して、不意に消える。
 プリシスは茫然と、そこに立っていた。そして、彼女の傍らには。
「レオン……!」
 前に突き出した腕を下ろして、あんぐりと口を開けているプリシスに、笑いかけた。
「生意気で悪かったね」
「あんた、どうして……」
 言いかけて、途中で表情を変えた。
「あーっ! まさか、ずっと前から気がついてたんじゃないだろうね!?」
「しばらく様子を見てたんだよ」
 詰め寄るプリシスを簡単にあしらって、レオンは怪盗を見た。
「ふむ。精神の迷宮から無事に抜け出せたか。大したものだ」
「ずいぶん手の込んだことをするんだね」
 口許をつり上げて笑う相手を、レオンはつぶさに見つめていた。
「大人しく眠っていれば、楽に逝けたものを……。まあいい。今度は私の手で、再び眠りにつくがよい」
「その前に」
 銃を構えようとする怪盗を遮って、レオンは言った。
「いい加減に正体を見せたらどう?」
「なに?」
 怪盗は首をひねった。
「何を言い出すかと思えば……。前にも言っただろう? この仮面の下の素顔は明かせぬと」
「そうじゃない」
 鋭い目つきで、言った。
「お前は、あのヘンタイ怪盗なんかじゃない。あいつになりすましているだけの、偽者だ」
 相手の笑みが消えた。口をきっと結んで、レオンを睨み返す。
「恰好だけでみんなだまされていたみたいだけどね。声だけを聞けば、まったくの別人だってすぐにわかったよ。このまえ劇場でボクを狙ったのも、お前なんだろ?」
「やれやれ……そこまで見破るとはな。困った子だ」
 かぶりを振って、彼は言った。
「いいでしょう。そんなに見たいのなら、見せてあげますよ」
 シルクハットの鍔を指で弾き飛ばし、マスクをそっと外す。茶色の長髪がふわりと背中に広がった。顔つきにとりたてて特徴はないが、その両眼に宿る紅い瞳だけは、ひどく印象に残った。
「久しぶりですね、レオン」
 彼は言った。
「久しぶり?」
「……なるほど。覚えていませんか」
 怪訝な顔をするレオンに、彼は少し不満そうに声を洩らした。
「まあ無理もないですか。まだ幼かったですからね、貴方は」
「…………?」
 レオンは彼の顔をじっと見て、頭の中で記憶の糸を探った。なにかが引っかかる。でも、それが何なのかは思い出せない。
「研究所ではマードックに頼まれて、よく貴方のお守りをしたものでしたが。本を読んで聞かせると質問攻めに遭って、いちいち説明するのが大変でしたよ」
「……あ……!」
 不意に、そのイメージが脳裏に浮かんだ。紋章学の本を読み上げる横顔。それを隣でずっと見つめるレオン。文字を追ってきょろきょろと動く瞳の色は――紅。
「クリス……!?」
「思い出しましたか」
 彼はえくぼを作って微笑んだ。そう、その特徴のある笑い方も、よく覚えている。
「レオン、なんなのさ、こいつは?」
 プリシスが聞くと、レオンは相手を見据えたまま、答えた。
「クリストファー・レイス。ラクールの研究所で、パパの助手だったヤツだ」
「助手……だった?」
「辞めたんだ。ラクールホープの開発を始めたころだから……ボクが十一歳かそこらのときに」
「随分と冷たいですね。まるで他人事のような口振りだ」
 クリスは大げさに腕を広げて、言った。
「いったい誰のせいで辞める羽目になったと?」
「え?」
 燃えるような色の瞳だったが、少年に向けられた視線は冷たい。
「私を追い詰めたのは、貴方ではないですか」
「なんでボクがそんなことを……っ」
 レオンは思わず言葉を失った。彼の表情から完全に笑みが消えている。代わりにそこにあるのは、まさしく、怨恨。
「貴方は私の研究を盗んだ。私があとひと息というところまで解明していた紋章エネルギー抽出法を、貴方はこっそり盗んで完成させ、さも自分が解明したかのように発表した。私の研究だということは一言も触れずに」
「なっ……!」
 レオンは唖然として、それからすぐに反論する。
「バカ言わないでよっ! あんたの研究なんてボクは知らない。あの理論は研究所の机に積まれていた文献を読んで、ボクが一から考えたものなんだから」
「まだそんな白々しい嘘をつくのですか。それじゃあ、私が足かけ五年もかけてようやく辿り着こうとしていた結論を、貴方はわずか数日のうちに導いてしまったと? そ、それもまだ十そこそこの子供が……」
 クリスは背後に一歩よろめいた。そして狼狽える自分に気づいたのか、足を踏ん張り、きっとレオンを睨む。
「ありえない……そんなこと、あって、たまるかあっ!」
 叫びながら、銃を天に向けた。放たれた光弾は天井を砕き、亀裂が走った天井は音を立てて崩れ落ちる。レオンの頭上にも大きな破片が襲いかかった。
 逃げようとするよりも一瞬早く、プリシスが横からレオンを抱きさらって部屋の外へと避難した。重たい破片が床に落ちて砕ける音を、背中で聞いた。
「お姉ちゃん……?」
 呼びかけると、プリシスは慌ててレオンを離した。そしてぷいと反対を向いて言う。
「別に、助けようと思ってしたんじゃないかんね。体が勝手に動いたんだよ」
 レオンは思わず吹きだしそうになったが、なんとか堪えた。そして。
「ありがと」
 そう言うと、再び部屋の中へと入っていった。
「……なんだよ。そんな素直に返されちゃ、あたしがガキみたいじゃんか」
 頬をぷうと膨らませて、プリシスはむくれた。
「いかがですか。この紋章銃の威力」
 瓦礫を踏み分けて向き合うレオンに、クリスは言った。
「私はこの銃ひとつで裏の世界での地位を確立した。この世界は実力さえあれば、いくらでものし上がっていけますからね」
「そんなオモチャでのし上がれるなんて、裏の世界も大したことないんだね」
「何?」
 頬の肉を引きつらせて、レオンを睨むが、彼はまったく意に介さない。
「それより、どうして辞めたりしたんだよ。ボクが盗んだと思ったのなら、あのときちゃんとそう言えばよかったじゃないか」
「言いましたよ。マードックにね。けれども彼は聞き入れなかった。それどころか、これ以上レオンの功績に難癖をつけるのなら研究所を追い出すとまで言ってきた」
 クリスの恨み節を、レオンはじっと構えて聞く。
「そこで気づきましたよ。これは私を出し抜こうとしているとね。マードックは自分の息子を助手に仕立て上げるために、この私を追い落とそうとした。まったくもって、親子の情とやらは始末に負えませんね。いやあ、素晴らしい」
 皮肉を込めて、クリスは笑った。
「……それが辞めた理由ってわけか」
「ええ。マードックにとって、もはや私は邪魔者でしかなかったですからね。首になるくらいなら、こちらから去ったほうがマシだ」
 そう吐き捨てるクリスを、レオンは静かに眺めていた。
「随分と思い込みの激しい奴だな」
 レナを扉の向こうまで運んでいたクロードが、言った。
「なんだと?」
「マードックさんはそんな人じゃないよ。レオンだって他人の研究を盗んだりはしない。お前は単に人を信じられなくて、その結果自滅しただけだ」
「黙れ。貴様のような部外者が私を讒するのか。これまでさんざん苦汁を舐めてきた私を……っ!」
「クリス」
 クロードに対していきり立つ彼に、レオンは冷静な口調で呼びかけた。
「あんたの目的はボクなんだろ? そのために、こんなややこしいことまでして」
「……ええ、そうですよ。そして、これで終わりです」
 銃口をレオンに向けて、言った。
「さようなら、レオン」
 銃が輝き、光弾が放たれた。レオンは右手を前に突き出して、それを受け止めるような構えをした。
「なに?」
 光の銃弾はレオンの掌にぶつかると、火花のように四散して消滅した。レオンは腕を下ろして、ふうと息をついた。
「だから、そんなオモチャじゃボクは殺せないよ」
「……っ、おのれ……!」
 再度銃を構えたとき、横からなにかが飛んできて銃身に命中した。紋章銃はクリスの手から離れ、部屋の隅に転がる。
「そのへんにしたまえ。君ではどう足掻いても、彼を倒すことはできない」
 天井から非常に聞き覚えのある声がした。そして、クリスの足元にひらりと落ちたのは、一枚のトランプ。
「きっ……貴様も精神の檻に閉じ込めたはずなのに」
「抜け出したよ。愛の力でね」
 歯の浮くようなセリフを吐いて、633Bは穴の開いた天井から降りた。
「子猫くんをこの手に納めるまでは、怪盗633Bは宇宙の果てのブラックホールからでも舞い戻ってみせるよ」
「そりゃ無理だろ……」
 クロードが呟いたが、もちろん彼は聞いていない。
「……私をどうするつもりだ?」
 憎々しげに言うクリスに、633Bは肩をすくめて。
「別に私はなにもしないよ。すべては彼の裁量次第ではないのかね?」
 クリスはハッとして振り返る。部屋の隅で、レオンが落ちていた銃を拾い上げていた。
「あ……!」
「ふーん。使用者の紋章力を何倍にも増幅する銃、ねぇ……」
 レオンは品定めでもするように眺めていたが、ふと引き金に手をかけて、銃口をクリスに向けた。
「まっ、待ちなさいレオン。話を……」
 レオンは引き金を引いた。銃は目が痛くなるほど輝いて、巨大な光弾を吐き出した。クリスが撃ったときよりも、ふたまわり以上も大きい。
 光弾はクリスの頭上をかすめて、天井を貫いた。衝撃と轟音で、屋敷はぐらぐらと揺れた。
 揺れが治まると、その場は急に静かになった。見上げると天井からは澄んだ青空が見える。レオンの放った一撃は上の階をも貫通して、屋根に穴を開けてしまったらしい。
「ラクール、ホープ……?」
 クロードの脳裏にあったのは、前線基地の戦いで魔物の大群を一瞬で殲滅させた、あの兵器。今の光弾はまさしく、あのときの砲撃そのものだった。
 クリスは魂を抜かれたように生気の失せた顔で、目を見開いたまま、がくりと膝をついた。
「へえ。なかなかのものじゃない」
 レオンはひとり平然としたもので、さっきと同じように銃を眺めていたが。
「でも、しょせんはオモチャだね。いらない」
 そう言って、ポイと床に投げ捨てた。銃は床を滑って、座り込んで放心しているクリスの前で止まった。
「さ、みんな帰るよ」
 プリシスやクロードたちに呼びかけると、クリスに背を向けて歩きだした。
「……パパがそのとき、どう思って言ったのかはわかんないけどさ」
 壊れた扉の手前で、ふとレオンは立ち止まって、言った。
「あんたがいなくなってから、パパはよく言ってたよ。『お前が今こうして研究していられるのは、彼のおかげなんだ。クリスはお前の小さな頃からずっと面倒を見てきて、いろんな知識も惜しみなく教えてくれた。今でも私は彼に感謝している』って」
 クリスはじっと下を向いて、聞いていた。
「ボクも、たぶん、あんたのことが好きだったんだと思う」
 少し間を置いて、レオンは言った。
「あんたがいなくなったのを知ったとき……初めて心の底から悲しいと思って、泣いたんだから」
「………………!」
 クリスは顔を上げて、レオンを見た。その背中は徐々に遠ざかり、小さくなって、廊下の先へと消えた。
 床に、滴がぽとりと落ちた。

「いーい、レオン。先にあんたがあたしを助けたりしたから、あたしもしょうがなくあんたを助けたんだよ。これでお互い、貸しも借りもないんだかんね。……ちょっと聞いてんの!?」
「なにさっきからムキになってんだよ」
 屋敷を出たところで、レオンは振り返った。
「いやっ、だから、その……」
 ごによごにょと口を動かして言い訳を探すプリシスに、レオンはプッと吹きだした。
「あんだよ、何がおかしいんだよっ」
「べつに」
 レオンは知らん顔をしてそっぽを向いた。
「ねえ、クロード」
 じゃれ合う二人を見ていたレナが、クロードに囁いた。
「レオン、なんだか前よりも明るくなったと思わない?」
「うん……」
 レオンは後ろからプリシスに羽交い締めにされて、もがいている。クロードは目を細めた。
「いい顔をしてる」
 彼の言葉に、レナも頷いた。
「ふむ、これはこれは。思わぬ眼福に預かったな」
 頭の上の方から声がした。見ると、街道の脇に生えていた樹のてっぺんに、633Bがいた。
「また、けったいなトコに……」
 プリシスが呆れたように言った。
「とんだ誕生パーティになってしまって、すまなかったね」
 怪盗は言った。
「だが、私の子猫くんへの想いは変わらぬよ。いつの日か、必ず君を手にしてみせる」
 そして、一陣の風を巻き起こすと、ふっと消えた。
「……なんなんだかなぁ」
 クロードは頭を掻いた。
「じゃ、行こうか」
 レオンはそう言って、歩き出した。
「帰ろう。ボクたちの場所へ」

 果てしなくまっさらなカンバスに、絵が描かれようとしていた。


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