■ 小説 STAR OCEAN THE SECOND STORY [クロード編]


序章 放たれた使者

 地球連邦軍の英雄ロニキス・J・ケニー提督は、艦長から提督へと昇格した後も常にふねに乗り、星々の狭間を駆け巡り、新しい種族と対面し、人々を救い、若い士官たちの憧れであり続けていた。
 二十年前、惑星ロークに関する一連の事件を解決したあと、まもなく再婚して一児クロードをもうけた。だが、深宇宙探査という任務は数ヶ月に及ぶことがざらであり、地球にいる妻子と過ごせるのは年に数度、一ヶ月分に満たない。時には丸一年帰らなかったことさえある。それでもクロードが素直に育ったのは、母親の教育によるところが大きい。
 母は若くして連邦軍紋章科学研究所を創設、所長に就任し、日々激務をこなしていたが、決して子育てを人任せにしたり放り出すことがなかった。彼女は常にロニキスの偉大さを息子に語って聞かせ、クロードは自然と、いつか自分も父親のようになりたいと思うようになった。成長した少年は、自ら望んで地球連邦艦隊士官アカデミーに入学。成績は常にトップクラスであった。
 宇宙暦三六五年、ロニキスの乗艦である戦艦『カルナス』は、船体の老朽化のためその二十六年間にわたる任務を終えた。しかし、長きに渡って艦を指揮してきたロニキスの偉業を称え、改修作業の後に練習艦『キャプテン・ロニキス』として生まれ変わることとなった。今後、多くの士官候補生たちがこの艦で訓練を積み、やがて輝かしい功績をあげることになるだろう。
 同時に、艦隊司令部は五十七歳というロニキスの年齢も考慮して、そろそろ前線を退いてはどうかとの話を持ちかけたが、彼は宇宙の探索という任務への熱い想いを語り、丁重に断った。

 そして、同三六五年十一月。一隻の宇宙船が、地球軌道上のステーションから翔び立った。艦名は『カルナス』。地球連邦の科学の粋を結集して建造された最新鋭戦艦の第一号艦である。

 暗い。地球で言えば曇った日の夕暮れのような、赤くどんよりとした空だった。この惑星全体を覆う赤茶けた土が間断なく続く激しい風で大気中に巻き上げられ、分厚い層を形成した結果だ。日光はほとんど入ってこないが、照明装置を使わなければならないほどには暗くなかった。しかし、太陽光が入らなければ自然と地表は冷えてしまう。しかも常に強い風が吹き荒れ、低い雷鳴がとどろいている。誰も住んでいないのも頷けた。水も緑もなく、暗く粉っぽい空気。だが、軌道上からの探査スキャンでは確かに何者かが暮らしていた形跡が発見されていた。その住人は果たして今もいるだろうか。いるとすれば、何のために?
「あちらです、提督」
 科学士官ウィスラー中尉が携帯型探査装置スキャナから顔を上げた。吹きすさぶ風に長い黒髪を乱しながら、砂嵐の向こうを指さす。そこには、黒く巨大な半球体がぼやけた姿を見せていた。細部まではとても識別できなかったが、距離はおよそ五百メートルほどか。
「なにかのドームか……? とにかく、もっと近づいてみよう」
 『提督』と呼ばれた濃紺の髭を蓄えた男が部下の示す方向に歩き出すのを、クロード・C・ケニー少尉は背後から見ていた……。

 ……宇宙暦三四二年、惑星レゾニアとの大戦を戦艦カルナスによって勝利に導き、栄誉指揮賞を受賞。宇宙暦三四六年、辺境の未開惑星ロークに発生した謎のウイルス事件を解決し、レゾニアを背後から操っていた惑星ファーゲットの指導者ジエ・リヴォースの陰謀を阻止。その功績を称えられ、三八歳という異例の若さで提督に昇格する。僕は、そんな父さんのことを誰よりも尊敬していた。地球連邦の士官というのが、立派な職業だっていうことも分かっていた。でも、僕は僕だ。地球連邦軍の英雄ロニキス・J・ケニー提督の息子というだけの人形じゃない。だけど、

「……だけど、今、僕はここにいる」
「なにか?」
 気がつくと、士官候補生の少年が自分の顔を覗き込んでいた。クロードより二歳年下のその少年は、士官アカデミーのカリキュラムの一環としてカルナスに乗艦している実習生だった。英雄ロニキスの指揮するカルナスへの実習希望者は多く、選ばれるには厳しい訓練に耐え、いくつものテストに合格しなければならない。このふねに来たという事実だけでこの少年がいかに優秀かが分かるというものだった。名前はフェリックス・メンデル。あどけなさを残す顔に、栗色の巻き毛を持つ。
「え? あ、いや、別になんでもないんだ」
「そうですか? でも、どこか別の世界にいるような顔をしていらしたので……」
「……そうかな?」
 誤魔化すときや照れているときに頭の後ろをかくのはクロードの癖だった。
「ええ。でも、それより早くしないと提督に置いていかれてしまいますよ」
 候補生の示した方向には、父ロニキス提督とそれに従う二名の士官の背中が、巨大なドームを背景として遠ざかって行く光景があった。
「あ、ごめん。すぐに追いかけよう」
 二人は赤い土を蹴って走り出した。気まぐれに吹き付ける風が目にほこりを侵入させる。
 三十秒ほどで追いついたとき、ロニキスたちはドームから五十メートル付近で立ち止まっていた。ウィスラー中尉がスキャンを開始している。クロードは目前に立ちはだかるドームを見上げた。幾何学的な紋様がびっしりと刻み込まれた、黒い半球体。高さは五十メートルほどだろうか。入り口らしき控えめな裂け目が目の前にあったが、それ以外には窓もなく、風と雷の音も相まって不気味な雰囲気を醸し出していた。
「どうだ、降下前に調査した結果となにか違う結果が出たか?」
 ウィスラーは漆黒の瞳でスキャナを見つめたまま首を振った。
「いえ、相変わらず、いかなる波長にも反応を示しません。建造物を取り囲むフィールド自体はマグネティックエナジーフィールドに似ていますが、詳細は不明です」
「ふむ。ということはスキャナから発した電磁波を吸収しているのか?」
 ロニキスは目を閉じて顎髭を撫でながら考えを巡らした。
「そうだな……、フィールドから放出されている電磁波をスペクトル分析にかけてみろ」
「了解」
 分析を始めるウィスラーの向こうに、走ってくる息子の姿をロニキスは見つけた。母親譲りの繊細な金髪を揺らしている。
「どうした、緊張していたのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
 息を切らせながら、クロードは答えた。ロニキスは両腕を組んで口元をほころばせた。
「はは。クロード、これしきのことで怯えているのか? 地球連邦の少尉ともあろう者が、そんなことでどうする?」
「いえ……」
 クロードの返事はあやふやだったが、未知の調査対象を前にして気分が高揚しているのかロニキスは気にも留めず、自分の制服からフェイズガンを取り出した。連邦軍支給の標準型である。
「お前に渡す物があったのを忘れていた。可能性は低いかもしれんが、もし戦闘になったらこれで皆を守ってやれ。この中で一番銃の腕がいいのはお前だからな」
 思いもよらない言葉に、クロードはどう答えればいいのか分からなかった。父とは長く離れていて、頼りにされるという経験がなかったのである。
 調査を続けるウィスラーをちらりと見てから、ロニキスは表情を引き締めた。
「クロード、お前もすでに少尉だ。戦闘になったときはためらわずに使うのだぞ」
「……はい」
 ロニキスは満足そうに頷いた。同時に背後から声がかかる。
「提督、駄目です。データベースの中のどれとも類似しません」
 ウィスラーは残念そうに報告した。しかし、対照的にロニキスの顔が遠足に出かける子供のようになったのをクロードは見た。
「よし、もう少し接近することにしよう」

 強風も雷鳴も止む気配はなかったが、それでも巨大なドームの目の前ではやや風力が弱まっていた。ドームは黒っぽい金属でできているようだが、それ以外のことは何も分からない。
「誰がなんのためにこんな物を……。一体なにがあるというのだ?」
 巨大な建造物を目の当たりにして唖然とする一同の中で、ロニキスは言った。続いて、メンバーの中では次席となるアヤトラ少佐が進言する。佐官を表す白い制服が褐色の肌によく映える彼は、カルナスの保安部長で、上陸班の安全を守るのが第一の任務だ。銃の腕ではクロードに僅かに劣るが、格闘技では艦隊でも一、二を争う強者つわものである。
「とりあえず、このドーム入口を調べてみましょう」
「そうだな。全員で周辺の調査をしよう」
 ロニキスは全員に目で命令を確認し、一同は散開して周囲の調査にかかった。しかし、辺りには同じ色の砂と岩しか見当たらず、何をどう調査すればいいのかクロードには見当がつかなかった。
 正直に言って、クロードはこの任務に乗り気ではなかった。アカデミーを卒業して最初の上陸任務だというのに、だ。しかも、その気持ちはこの任務に限ったことではなかった。志望したのは別のふねだったのによりにもよって父親の艦に配属されたことも、あろうことかその父の副官に任命されたことも、全て不満だった。小さいころにあれほど熱望していた連邦士官になれたはずなのに、彼の心は寸分も満たされてはいなかったのだ。
「身の安全が最優先だ。あまり無理をするなよ」
 殺伐とした風景にロニキスの声が響く。どうにもやる気が起きなかったが、フェリックス候補生が懸命に石をひっくり返して回っているのを見て、やむなくクロードも調査に参加することにした。

 数分としないうちに、クロードはそれを発見した。それ自体は何の変哲もないただの岩だったが、他の岩はごく自然に転がっているのに対してその岩だけはほぼ垂直に立っていたのである。長さは一メートルほど。風に飛ばされて地面に突き刺さる可能性もなくはないだろうが、それほどの風が吹くとすれば倒れないほうがおかしい。
 クロードは慎重に近づいて、その赤茶けた岩に触れてみた。少しだけ温かい。クロードははやる気持ちを抑えながら丁寧に周りの砂を払った。すると、中から金属らしき光沢が現れ、やがて小さな人工の光が漏れ出した。
「父さ……、提督!」
 あまりにも驚いたので、つい口が滑りそうになってしまった。しかし、この風と雷鳴の中で一字一句をはっきり聞き取った者はおらず、ただ彼の驚いた声に反応して、士官たちは次々と顔を上げた。
「どうした、クロード!」
 ロニキスは大げさとも思えるほどの声をあげて駆けつけて来、すぐにその不可思議な岩を発見した。他の士官たちも続々と揃う。
「なんだ、こんな所に……」
 ロニキスは岩に埋め込まれている人工物を注意深く観察した。見たことのない文字が並び、赤や青といった単純な色の光が所々に明滅している。
「たぶん操作パネルでしょう。位置からして、このドームの扉を開閉するための物だと思います」
 クロードは形式的に意見を述べた。任務中はいつも父を上官として扱うように心がけているが、今は先程思わず口にしてしまった言葉を皆に聞かれたと思っているので、余計に堅苦しい口調になった。
「うむ、さすがだな、クロード」
 ところが父親のほうにはそういう意識が無いのか、新米士官であるクロードを副官に任命したこともはたから見ればどうしても贔屓ひいきしているようにしか見えず、部下の中には贔屓にされている者としている者の双方に反感を抱く者が多かった。このときも、アヤトラ少佐の唇は固く結ばれ、湧き上がる感情を抑えていた。
「どうだ、このパネルの解析は可能か?」
 ウィスラーは二、三秒スキャンをかけてから答えた。
「……はい、少し時間がかかりますが」
「やってくれ」
 パネルの真正面に立っていたロニキスはウィスラーと場所を替わった。周りには特に見るような景色もないので、冷たい風が吹く中、全員が解析作業に注目する。スキャンの結果と操作パネルを見比べながら、ウィスラーは慎重に作業を進めた。
『ピ……ピピピ……ブー』
 一分もしないうちに、不吉な音が鳴る。
「……すみません、しくじりました」
「大丈夫なのか? 誤動作などは?」
 ロニキスたちは辺りを見回した。異常なし。
「分かりませんが……次は……」
『ピ……ピピピ……ピピピピ……ピピッ』
 軽快な電子音に続いてドームの扉が重苦しい音を立て、左右に開いた。隙間に蓄積していた砂が風に乗って一斉に飛んでいく。
「……よし、開きました」
 ウィスラーはスキャナを片手にゲートに近づき、中を調べ始めた。そこは薄暗く、肉眼では何も見えない。
「内部の様子は?」
「入口にセンサーらしきものはなさそうですね。しかし、依然としてマグネティックエナジーフィールドが存在し、ここからではなにも読みとれません。あとは内部に入るしかないようです」
 上官の判断を仰ぐため、全員の視線が初老の提督に集中する。
「よし、内部の探索を開始する。なにが起こるか分からないから、各自注意を怠るな」
 英雄ロニキスの真の偉大さは常に先頭に立って危険に立ち向かってきたことである、と言ったのは誰だったか。この時も、ロニキスは一番にドーム内に足を踏み入れた。
 ドームの奥部は弱々しいながらも人工の明かりが灯っており、照明装置を必要としなかった。やはり誰かが住んでいたのだろうか。しかし、中は外と同様に赤茶けた岩が転がっているだけである。単に、ひっくり返したお椀を地面に置いただけのよう。
 クロードが後背の安全を確かめつつ一番最後にドームに入ったとき、他のメンバーはすでに調査を開始していた。
「少尉、向こうにあるセンサーらしき物はなんでしょうかね」
 フェリックス候補生が興奮した様子で言った。彼の視線の先には、ロニキスとウィスラーが立っており、その前方は高台になっている。その上に、何か人工的な装置があった。
「なんだろうね……調べてみなけりゃ分からないけど……」
 そこまで言って、クロードは首を傾げた。
「なんで君はあれをセンサーだと思うんだい?」
「え、いや、なんとなくです……すみません」
 候補生は俯いてしまった。
「謝ることはないけど、ちゃんと調べてから判断しないとね」
「はい、少尉」
 クロード自身にはアカデミーで成績優秀という以外の功績はまだないが、英雄の息子に教えを受けた候補生は、喜んで自分の作業に戻った。
 クロードは適当にあちこちを調べつつ、次第に奥のほうへと向かっていった。自分の背丈ほどの岩を乗り越えるとアヤトラ少佐が立っていて、高台の装置を眺めていた。彼自身には調査をしようという気持ちがないらしく、ロニキスとウィスラーの作業を遠目に眺めている。
 クロードは、この上官が自分と自分の父親に対していい印象を持っていないことを知っていた。新しいカルナスには古いカルナスの時代からロニキスに仕えてきた者が多く、そういう士官たちは大抵、少なくともロニキスに対しては厚い信頼を寄せていたが、アヤトラは新カルナスの就役にあたって別の艦から配属された士官だった。英雄の指揮する艦への転属は名誉ではあったが、そこには既に旧カルナス士官たちによる社会ができあがっており、保安部長という重要な立場でありながらアヤトラは着任早々に疎外感を抱いていたのである。
 クロードは彼を避けて通ろうとしたが、運悪く足下の砂利が弾けるような音を立て、アヤトラの注意を引いてしまった。整った褐色の顔に光る金色の瞳がクロードを見つめる。屈強な戦士である彼の目は、暗闇の中で獲物を睨みつける肉食獣のような迫力がある。しかも、アヤトラは何故かクロードから目を離そうとしなかった。お互いに、相手を無視できない消極的な理由を持っていた。
 やむなく、クロードは話題を提示する。
「あれは、なんなのでしょう?」
 話し掛けられたアヤトラは、心の中で嫌な顔をしたかもしれなかったが、クロードには分からない。
「さあな……だが、周りを見てみろ。岩の倒れ具合から見て、内部からものすごい力で爆発した感じだ」
「なるほど……」
 クロードは辺りを見回しながら頷く。確かに、無数の岩は何かを中心にして同じ方向に倒れていた。
 転がった岩を調べるふりをしながら、クロードは上官の視界からさりげなく出ていき、ロニキスのいるほうへと移動していった。細かく砕けた砂利が否応なしに音を立てる。その足音に、ロニキスが気づいて振り向いた。
「クロード、どうした? 今はあの装置について解析中だ。お前は他の所を頼む」
「あ、いえ……」
 このときのロニキスは、クロードよりも正体不明の装置のほうに気をとられていて、極端に言えば、それしか眼中に無いようであった。クロードは複雑な気持ちに駆られる。先刻は臆面もなく公然と『息子』を評価して見せたのに、今度は自分の邪魔をする『部下』を追い払おうとしたのである。自分の曖昧な立場に、苛立いらだたずにはいられなかった。

「少尉、あまり近寄らないでください。まだあの装置の正体が分かってないんです」
 ウィスラーが気づいたとき、クロードは装置に向かって高台を登り始めていた。ロニキスもウィスラーのセンサーが示す数値を見ていたので気がつかなかった。
「いい気になって近寄るな、クロード、あの装置の正体を確認してからだ」
「大丈夫です。心配は要りませんよ」
 振り向きもせず、クロードは登っていく。
「まだ、あの装置がなんなのか分かっていません。むやみに近寄らないでください」
「クロード、戻ってこい! むやみに近づくな!」
 クロードは装置に到着した。
「クロード!」
 叫ぶ父の声を背に、クロードは周囲を観察し始めた。
「そんなに怖がっていたらなにもできないじゃないか!」
 拳を握りしめながら、あちこちに視線を移す。それは、装置というよりは装置の残骸だった。引きちぎられた金属片や破裂した配管がごろごろしている。見た目は単なるがらくたの山だが、所々から青白い閃光が絶えず発生してバチバチと音を立てていた。まだ電源が生きているのだろう。だが、それだけのようだ。
「やっぱり、危険なものはなにもなさそうですけど……」
 振り返って叫んだ、そのとき。
『ピ……ピピ……座……標……二一四……三……六〇……九七……七〇……一……ゲート……開……きま……す』
 突然後ろから声がしたかと思うと、壊れているかに見えた装置は眩い白色光を放った。驚いて一歩下がろうとしたが、体は動かなかった。クロードの体は五十センチほども宙に浮いていたのである。見えない力から必死に逃れようともがいたが、どうにもならなかった。それどころか、浮いたままの体は徐々に装置に引き寄せられていく。
「クロード!」
 ロニキスが叫ぶのが聞こえたが、もはや姿を確認する余裕がクロードにはなかった。地に足のついていない不安定感と得体の知れない光の中に引き込まれていく不安感でいっぱいになり意味のある言葉を紡ぎ出すこともできない。
「うっ、うわああぁぁぁ~~~~っ!!」
 クロードを飲み込んだ瞬間、装置は爆発的に輝き、ロニキスたちは反射的にそれを手で防いだ。そして視界が戻ったとき、
「クロード!」
 ロニキスは一心不乱に走り出した。ウィスラーも後を追って高台へと駆け上がる。
 そこには、ほんの数秒前とはまるで違う光景があった。装置のあった場所には半径三メートルほどのクレーターができあがっており、装置だけでなくクロードの姿もなかった。
「きっ、消え……た?」
 ウィスラーが上擦った声を漏らした。
「クロードっ!」
 心乱れたロニキスは穴の中に飛びこもうとし、ウィスラーは懸命に引き止めた。腕力自慢のアヤトラが駆けつけて上官を背後からがっしりと抑える。
「提督!」
 恫喝するようなアヤトラの声を耳にした途端、ロニキスは全身の力が抜けたように膝を突いた。地面に叩きつけた拳は震え、蒼白な顔から水滴が落ちて地面を濡らした。
「私の……、私のせいだ……」
 あとには青白い閃光が無機質に瞬くだけであった。