■ 小説 STAR OCEAN THE SECOND STORY [クロード編]


終章 還るところ

『警告。反物質抑制フィールドが二十一パーセントに低下。十五パーセント以下に低下するとフィールドが崩壊します』
 コンソールの上を火花が走った。破損した配管から冷却材が漏れ出して、霧を作っている。
『警告。反物質抑制フィールドが十九パーセントに低下。十五パーセント以下に低下するとフィールドが崩壊します』
「……ブリッジより機関室」
 艦長席の下で、ロニキスは声を振り絞った。事態が掴めないが、どうやら危険であるらしい。胸が何かに押さえつけられているような感覚がして声が出しにくかったが、指揮官である以上勤めは果たさねばならなかった。
「誰か……いないのか」
 自分でも、声が出ているのかいないのかよく分からなかった。コンピューターの声だけはよく響く。
『警告。反物質抑制フィールドが十七パーセントに低下。十五パーセント以下に低下するとフィールドが崩壊します』
 反物質抑制フィールドは反物質を貯蔵するために使われる電磁フィールドである。これが崩壊すると反物質と船体が対消滅反応を起こし、大爆発。艦は木っ端微塵になる。
「もう……ダメか」
 ブリッジのあちこちからうめき声は聞こえてきたが、誰も活動できる状態ではないようだった。ロニキスは目を瞑り、家族の姿を思い浮かべた。そのとき。
『艦長! 機関室、ファレルです! 現在反物質抑制フィールドにパワーを転送中!』
 ロニキスは希望を得て微笑んだが、どうにも胸の辺りが苦しかった。艦は助かるかもしれないが、自分自身はもうダメかもしれないと思った。しかし、どうしてこうなったのかがよく分からなかった。謎のエネルギー体から攻撃を受け、艦はそれに耐えられないはずだったのだが。
「コ……、コンピュータ、被害を報告しろ」
『第一から第十四、および第二十から第二十三デッキで生命維持装置が停止。ブリッジの酸素濃度は十パーセント。ワープエンジン、通常エンジンともに活動を停止。攻撃、防御、転送システムは制御不能。通信システムは……』
 ロニキスは苦しんでいた自分が馬鹿馬鹿しくなった。
「非常用電源を接続して、生命維持装置を稼動させろ」
『命令を実行します』
 たちどころに呼吸が楽になり、ロニキスは立ち上がった。が、まだ少しくらくらする。艦長席に腰を下ろすと、他の士官たちも起きあがってきた。パイロット、カーツマン、士官候補生、オペレーター……。面子を見渡して、ロニキスはぞっとした。通信オペレーターと士官候補生は死んだはずだった。とくにオペレーターの女性の顔は見るも無残に焼け爛れていたのに。
「生きているのはありがたいことだが、これは一体どういうことだ?」
 カーツマンが疑問を口にした。同時に、シェパード中尉が報告する。
「提督! エネルギー体が消えました!」
「なに!?」
 ロニキスは座ったばかりの席を立ち、スクリーンに近づいた。
「エネルギー体の反応はありません。代わりに、崩壊したはずの惑星が……」
 ロニキスは手元のコンソールで日付を確認した。タイムスリップしたのではないかと思ったのだ。だが、あの惑星、エクスペルが謎のエネルギー体に衝突してから二週間近くが経過していた。
「どうなってるんだ、一体?」

「よかった……。カルナスも復活しているみたいだ」
 クロードは望遠鏡から目を離した。先刻からうずうずしているプリシスが代わりに飛びつく。
「うわーっ、ちっこいなー。あ、あ、っ! もうはみ出ちゃったよ!」
「そりゃ当然だよ。なんてったって、この星は秒速三十二キロメートルで移動してるんだから」
 レオンが講釈するのを無視して、プリシスは望遠鏡を調整した。その様子を、レナは後ろのベンチで微笑ましく見ていた。クロードが近づいてきて、隣に座る。
「見つかった?」
「うん。あとは連絡をとる方法だな。まあ、なんとかプリシスやおじさんに手伝ってもらって……」
 星空高く見上げるクロードの手を、レナは握り締めた。クロードはどきっとして、レナの顔を覗いた。月明かりの下で、レナはうつむいていた。
 我ながら馬鹿なことをしているな、とクロードは思う。フィーナル突入前にはエクスペルで暮らすと約束したのに、今は必死になってカルナスと連絡をとろうとしている。ただ連絡したいだけだよ、とレナには言ったものの、本心は定まっていなかった。どうにも、あの母親の幻影が言ったことが気になって仕方がないのである。
 レナは突然に顔を上げた。
「ねぇ、明日の朝食はなにがいい? フレンチトースト? ベーコンエッグ? それともナットウがいいかしら?」
 明るく振舞うその瞳の奥に悲しげな色を感じて、クロードはすぐには何も言えなかった。

「そっちじゃないって言ってるじゃありませんの!」
 セリーヌは杖を振り回して怒鳴った。
「ええ~っ!?」
 方向転換しようとしてバランスを崩し、アシュトンは抱えていた角材をバラバラと落としてしまった。村人たちの失笑を買いながら、あくせくとそれを拾い集める。
 カルナス同様、エクスペルも完全には復活していなかった。いや、ある意味では完全かもしれない。本当に『崩壊直前』の姿だったのだから。一部の建物が壊れ、あちこちの町や村で修理が行われている。ここマーズ村も例外ではなかった。
 エクスペルに戻ってエル大陸で船に乗ったとき、アシュトンはヒルトン行きの船に乗ったつもりだった。プリシスにくっついていこうと思ったのである。ところが、乗ったのはハーリー行きの船だった。アシュトンはすぐにも引き返そうとしたのだが、どういうわけかギョロとウルルンがサルバに行きたいと言い出して聞かないので、やむなくクロード、レナ、セリーヌに同行した。そしてマーズ村に立ち寄ったところ、無理矢理に村の復興作業を手伝わされてしまったのである。しかも、ギョロもウルルンもころっと態度を変えてこの村が気に入ったなどと言い出す始末で、鈍感な彼でさえ、どうもこの二匹はセリーヌに飼いならされているんじゃないかと思ったほどだった。
 もっとも、そうとしか考えられないところが鈍感なのであるが。

「なに、古文書?」
 ボーマンは目を丸くして二人の来訪者を見つめた。男女の二人組。知らない顔だ。
 目の細い男性の方が言った。
「ええ。クロード君からキースさんというかたがお持ちだと聞いたんですが、生憎とお弟子さんが会わせてくださらなくて」
「で、相談事は町一番の薬屋さんにするといいって聞いてきたんだけど」
 鮮烈なほどの赤い髪をした女性は色っぽい顔を作ってカウンターに頬杖をついた。
 ボーマンは、彼女の耳の先が尖っているのを発見した。
「するってーと、なにかい、あんたらがネーデ人さん?」
 二人は頷き、ボーマンはもう一度目を丸くした。クロードとレナから手紙が送られてきて彼が一番驚いたのは、ネーデという世界が実在したらしいことだった。ネーデは、キースが分析した古文書の中に出てきた世界だ。そのことをクロードたちに教えてやると、即日二人のネーデ人が来訪する旨の手紙が届いた。
 ボーマンは突然笑い出し、二人を驚かせた。
「こいつは面白ぇや。よし、キースに会いたいんだな。ついてきな」
 白衣のままカウンターを飛び越え、ボーマンは上機嫌で外へ出ていった。今度あいつらに会ったらたっぷり礼をしてやろう。そうすれば、きっとまた面白いことがあるに違いない。

 クロードは完成したばかりのマイクロフォンに向けて、声を放った。木で作った輪に布を張ったそれは、声の振動に合わせて震える。
「あー。……あー。えーと。なにを喋ったらいいのかな」
「……それはナシだよ、お兄ちゃん」
 クロードは頭をかいて笑った。くすくす笑うレナの顔を見て、咳払いをする。
「えー、じゃあ、気を取り直して。こちらは地球連邦所属クロード・C・ケニー少尉。戦艦カルナス、応答願います」
「わあっ、カッコいい!」
 プリシスが大袈裟に騒いだ。徹夜で通信機を完成させたレオンは、けたたましい声に思わず耳を塞ぐ。
 クロードは照れた。
「そ、そうかな……。じゃあ、今のを連続発信してくれる?」
 プリシスは首を傾げた。
「レンゾクハッシン? なに、ソレ?」
 クロードは、目の前に置かれた機械を見つめた。連邦の通信機よりもはるかに巨大だが、原始的な電波の送信と受信しかできない。便利な繰り返し機能などついているはずもなかった。おまけに、とても非力だ。カルナスのセンサーならばなんとか探知できるのではないかと思うのだが……。

 ロニキスは、艦長室で様々な報告書に目を通していた。船の破損状況、負傷者の数、惑星エクスペルの観測結果……。
 通信が入った。
『機関室からブリッジ』
「ロニキスだ」
『通常エンジンの修復はほぼ完了しました。ワープエンジンのほうも数日以内には動かしてみせます』
「よし、頼むぞ」
 とは言ったものの、これからどうすればいいのやら見当がつかなかった。エンジンが復活すれば連邦領域へ帰ることもできるが、目の前で起こった不思議な現象をどうにも説明できないのだ。記録はすべて艦隊本部へ提出しなければならないが、この整合性のつかない記録にどういった注釈をつけるべきか迷っていた。もう少し調べれば何か分かるかもしれない。
「提督、地表から不思議な電波が発せられているのですが」
 オペレーターは報告した。
「不思議、とはどういうことだ?」
「はい。大昔に地球で使われていた電波の一種のようですが、この惑星の文明程度からすればまだ存在するはずがないもので……」
 ロニキスとカーツマンは同時に顔をあわせ、同時に声を発した。
「クロードだ!」
「その電波を音声に変換してスピーカーに出せ」
「了解」
 ブリッジの全員が耳を済ませた。
「こ……ら……、……し……す……、せ……かる……す」
「もっとクリアにできないのか」
 ロニキスはいらだった。
「発信する側に問題があるようです。もう少し近づかないとこれ以上は聞き取れません」
「よし、パイロット、惑星エクスペルへ向けて前進だ」
「了解、補助エンジンを始動します」

 プリシスの家の研究室から出て、クロードは和室めいた部屋へと移った。コタツにレナが座っている。
「あら、もういいの?」
「うん、ちょっと喉が疲れてきちゃったからね。あとはプリシスたちに任せてきたよ」
 カルナスへ通信を送り始めてから二日になる。自動送信はできないので、一日中ずっとマイクに向かってしゃべっていなければいけない。
「じゃあ、このミカンが美味しいわ」
「ありがとう」
 クロードはオレンジ色の球体を受け取りながらコタツに入った。別に寒いわけではないのだが、この家では年中コタツを使うようであった。
「ねぇ、レナ……」
 ミカンをコタツの上に置いて、クロードは姿勢を正した。
「なあに?」
 レナは最後の一房をほおばって、ハンカチで手を拭いた。クロードは頭をかきながら、俯き加減に言葉を紡ぎだした。
「あの……さ、これからのことなんだけど……。もしもカルナスと連絡が取れたら、僕……」
 ふっと顔を上げると、レナが潤んだ目で自分を見つめているのが分かった。手にしたハンカチをぎゅっと握り締めている。クロードは一度目を逸らして、心の中で息を吐き出したあと、レナの青い瞳を見つめ返した。窓からの日差しを反射して、輝いている。
「……一度地球に帰るよ」
 レナは目を伏せた。肩の力を抜いて、口を開く。その顔には悲しみや怒りはなかった。
「一度だけ? 一度だけでいいの?」
「え?」
 クロードは当惑した。レナはコタツの上に身を乗り出して微笑んだ。
「本当は、ずっと地球にいたいんじゃない?」
「あ……いや、その……」
 クロードは頭をかいた。どうやらお見通しのようで、なんだか恥ずかしくなった。
「ゴメン」
「なんで謝るのよ」
 レナは笑った。ラクアでの約束を、まるで気にしていないふうである。
「だって、言ったじゃないか。……一緒にいるって」
「そうね、そう言ったわ。でも、エクスペルにいるとは言ってないわよ?」
 レナが意味することを三十秒ほど考えて理解すると、クロードはぎょっとした。

 カルナスのスクリーンは、緑色に輝く惑星で占められていた。
「惑星周回軌道に入りました」
「電波の状態はどうだ?」
 ロニキスは期待で胸がいっぱいである。
「良好です。音声を出します」
 乗員たちが耳を澄ますと、若干のノイズを含む人間の声がブリッジに響いた。
『こちらは天才発明少女ぷりてぃ・プリシスで~すっ! かるなす応答願いますっ!』
 ロニキスはオペレーターを睨みつけた。しかし彼女が何かを言う前に、別の声が受信された。
『や、やめてよお姉ちゃん、聞こえてたらどうするんだよっ』
『だいじょぶ、だいじょぶ。かるなすさ~ん、聞こえますか~っ!?』
 ブリッジ全員の視線がロニキスに集中した。こういう場合、指揮官である彼が応答するのがスジではあるのだ。
 ロニキスは咳払いをし、通信回線を開かせた。
「こちらはカルナスだ。充分聞こえているが……」
『ほらっ! やっぱり聞こえちゃったじゃないか!』
 少年らしき声が怒鳴った。
『やばっ! ど~しよ!?』
『と、とにかくお兄ちゃんを呼ばなきゃ』
『あ、バカ! コードが足に……』
 通信は途切れ、ブリッジはしばらくの間、奇妙な静寂に包まれた。

 アーリアの朝。
 神護の森に日光が注ぎ、木々がざわめいて鳥たちが飛び立っていく。小川で水を汲む農夫の頭を越え、村の噴水へと降り立って朝の水浴びを楽しんだ。くすんだ水色の髪の少年がやって来て、紙袋から何かをばらまく。鳥たちは一斉に飛びついてそれをついばんだ。
「あっれ~? あんた、なにしてんの?」
 紅茶色の髪の少女がやってきて黄色い声を上げた。少年の後ろに立って鳥たちを覗きこむ。
「……見れば分かるだろ」
 少年はぶすっとした声で袋の中に手を突っ込み、荒っぽく餌をまいた。大粒の豆が青い鳥の頭を直撃し、憤慨させた。
「なにさ。もしかして、あたしがいなくなるのが寂しい?」
「そんなこと!」
 少年がかっとなって振り向くと着ていた白衣がはためいて、驚いた鳥たちを飛び立たせた。少年は、見上げた顔を落として口を開いた。
「そんなこと……ないよ」
「あっそ。じゃ、あたしはレナんちに行ってこよ~っと」
 少女は背を向けて川沿いの家に向かって歩き出した。少年は、その服の裾を掴んだ。
「どうして僕は行っちゃいけないんだよ」
 振り向いて、少女はぽんぽんと少年の頭を叩いた。
「昨日も言ったじゃん? あたしは機械の勉強、あんたは紋章の勉強」
「地球でだって紋章の勉強はできるよ! それに、紋章科学の研究も進んでるし……」
 少女は腕を組んで考え込んだ。どうやらその点については考えが至らなかったようである。
「そっか。ま、でも、あたしにはカンケーないし。好きにすればぁ?」
 沈んでいた少年の顔が、みるみると紅潮して喜びに満ちていくのを少女は見た。
「うん! じゃ、僕クロードお兄ちゃんに言ってくる!」
 少年は駆け出した。その姿を見ながら、ポニーテールの少女は思った。もう少し『どらまちっく』な展開がよかったな、と。

 レナは自分の部屋で鞄に荷物を詰めていた。服やら小物やら本やらアルバムやら。そんなに大きな鞄ではないのに、レナはありとあらゆるものを詰め込もうとしていた。クロードはきっと閉まらなくなるだろうなと思いながら、別のことを口にした。
「レナ、本当にいいのかい?」
「いいって言ったらいいのよ。それに、二度と戻れないってわけじゃないんでしょ?」
「ああ、まあ、それはそうだけど……」
 カルナスと交信可能になってから三日が経つ。クロードは、ロニキスとたくさんのことを話した。声だけではあったが、きっとここ五年分ぐらいの時間に相当するだろう。この三日間ほど父親がいることに喜びを覚えたことはなかった。これまでずっと避けてきた自分が恥ずかしくなる。全ては、あの幻影のおかげだろう。心がすっきりと晴れて、素直に自分を出せるようになった。
 連邦中央との話し合いの結果、クロードは未開惑星保護条約違反にはならないことが決まった。ただし、ネーデが実在したという証拠の提出が条件だったが、それもまず問題なかった。クロス洞窟の古文書や、クロードたちの心を導いた四つの宝珠も残っているし、そして何よりネーデ人という確実な証人がいるのだから。
 連邦は、未知の文明に対して大きな興味を持っている。それはクロードも同じだった。だが、クロードが解き明かしたいと思っているのは、ネーデ人という種族についてだった。かつて全銀河を我が物としていたにも拘わらず、誰に知られることもない世界へ逃げ込み、三十七億年の時をひっそりと生き、そして全銀河のために散っていった。彼らをそうさせたものは何だったのか。テクノロジー? 欲望? 時間? 紋章術? たとえ答えが見つからなくとも、クロードはネーデ人について多くを知りたいと思っていた。彼らが存在したことを証明するために。そして、彼らと同じ過ちを自分たちが犯すことのないように。
「特別保護領とはいっても、出入り自由ってわけじゃないからなぁ。それなりに手続きを踏んで許可を……」
 クロードの言葉を遮るように、どたどたと階段を駆け上がる音が聞こえてきた。ドアが乱暴に開かれて、フェルプールの少年が転がり込む。
「お兄ちゃん、僕も地球に行くよ!」
 レオンは両手を握り締めて肩を張り、息を荒くしていた。なぜそんなに力んでいるのか、その理由を掴みかねて、クロードは首を傾げた。
「ああ、知ってるけど……、それがどうかしたのか?」
「知ってる? なんで!?」
 レオンは声を上ずらせた。
「なんでって、昨日プリシスがレオンも行くからって頼んできたから……」
「お姉ちゃんがぁ!?」
 レオンはへなへなとその場に座り込んだ。すっかり騙されてしまったというわけである。レオンは弱々しく立ち上がり、とぼとぼと部屋を出ていった。
「よーし、閉まったわ!」
 クロードが振り向くと、レナは鞄のふたを踏んづけながらぐるぐる巻きにした紐を固く縛っていた。初めて会ったときはもっとおしとやかな面があったような気がするのだが、気のせいだろうか。
「うん、忘れ物はないわね」
 レナは部屋中を見回したが、クロードにはどうしても一つ忘れ物があるように思えた。机の上の写真立てを指差す。
「あれはいいのかい?」
 レナは机に近づいて、写真を愛しそうに撫でた。そして、鞄を縛り上げたときとはうって変わって優しい声を漏らす。
「うん。いいの。お父さんには、お母さんを守ってもらわなきゃいけないから」
 なるほど、と思ってクロードはその写真をよく見た。小さい頃のレナと、ウェスタと、がっしりとした体格の男性。初めて見るその男性に、クロードは頭を下げた。
 そのとき、轟音とともに窓ガラスが揺れて辺りが暗くなった。村人たちの驚く声が聞こえてくる。クロードは自信に満ちた笑みを浮かべた。思わず自分の手を握り締めたレナに、クロードは言った。
「大丈夫。父さんが迎えに来たんだよ」

 カルナスはクロードに指定された座標に降り立った。あらゆるシステムが故障しており、転送機は修復中である。ロニキスは上陸用ハッチから艦外に出た。爽やかな風が心地よい。陽射しは柔らかく優しい。見上げると、全高百十四メートルのカルナスの上を、鳥の一群が駆け抜けていった。初めて来た場所なのに、なぜか懐かしい感じがして、ロニキスはクロードの仲間を思う気持ちを体で理解したのだった。確かに、自分にもそんな過去があった。短くて最も大切な時間。それを少しばかり、忘れていたのかもしれなかった。

 玄関を出ると、村の入り口に向かって花道ができていた。クロードは旅立ちの日のことを思い出して、なんだか嬉しくなった。今日は、あの日よりも遥かに多くの人たちが連なっていた。ラクールの商人、リンガの学者、ハーリーの船乗り、サルバの坑夫。多くの人たちの歓声を浴びながら、クロードとレナはその道を歩いていった。恥ずかしいと思う気持ちはなかった。胸を晴れるだけの自信があったから。それは自分が宇宙を救ったのだとかいうことではなくて、他人にはどうでもいいほどにちっぽけな、それでいて大切なものだった。レナの手を引き寄せ腕を組む。祝福の声があがった。これはちょっと恥ずかしかった。
 村の入り口にたどり着くと、レジス村長とアレンがいた。固く手を握り、言葉を交わす。その先にも延々と道は続いていた。クロス王、ラクール王、ケティル、マードック、フロリス、エグラス、ラベ、ボーマン、ニーネ、キース。群衆の後ろに隠れるようにしてディアスが立っていたのを、クロードは忘れない。そして、ウェスタ。彼女は泣いてばかりで、二度目の行ってきますを明るく言おうとしたレナを困らせた。昨晩は娘の向かう遠い世界に思いを馳せて大はしゃぎだったというのに。
 道の終わりには、仲間たちが待っていた。セリーヌは生き生きとした顔に笑顔を浮かべ、アシュトンは疲労した顔で笑った。今言葉を交わす必要はないように思えた。これは別れではない。ただ新たな旅の始まりに過ぎないのだから。
 クロードは歓声鳴り止まぬ人々の道を離れ、一番最後の人物に顔を向けた。赤い制帽に赤い制服。濃紺の髭が懐かしい、もう一人の大切な人。レナの腕から離れ、一人その人物に向かって歩いた。至近に迫って立ち止まり、互いに敬礼を交わす。そして、力強く温かい手を握り締めて、クロードは笑った。
「ただいま、父さん」