■ 小説スターオーシャン2外伝 ~Repeat the "PAST DAYS"~


Side C-1 "A quirk of fate"

 声を発する前に、全てが終わってしまった。
「な……」
 ようやく喉の奥から絞り出した声も、空しく虚空にかき消えた。
「ね、ねぇ、クロード」
 背後からプリシスが駆け寄る。
「あいつ……どったの?」
 クロードは答えられなかった。茫然と前方を眺めるばかり。
 視線の先、オブジェのような建造物は、変わらぬ姿で錆色の大地に佇んでいる。
 だが。
 ほんの数秒前まで。
 そこに立っていたはずの少年は──。

 忽然と、消えてしまった。

 覚束おぼつかない足取りで台座に上がりながら、クロードは先程の出来事を反芻はんすうする。
 瞬く間の出来事だった。
 大きなくしゃみが聞こえ、ゲートの白枠が輝き出し、内側に黒い膜のようなものが生じて──。
「ここにいた、レオンが──」
 少年が最後に立っていた場所に、クロードは立った。
「──消えた」
 ゲートを見上げる。
 白枠の内側は空洞だった。あの瞬間に見た黒い膜は、今は跡形もない。
 だが。
 ゲートの枠には仄かに輝きが残っていた。凝視すると、うっすらと紋章のような模様も浮き上がっている。
 ──これは。
「タイムゲートが……発動したのか?」
 クロードが呟いた、そのとき。
〈うぇ……ええぇーーーっ!?〉
 文字通り脳天から、声が響いてきた。
〈な、なっな、なんでゲート動いちゃってんの? まっ、まさかクシャミがコマンドワードに引っかかって……? マジかよ。冗談でしょ。シャレになんないってーーー!〉
「誰だ!」
 騒がしい声に向かって、クロードが叫んだ。
〈えぇ? こっちの声が聞こえて……あぁスイッチ入ったままじゃないか。ええと、このキーを入力して……あれ? おかしいなぁ〉
「ちょっと、返事しろ~っ! ゲート動かしたの、あんたなの!?」
 プリシスも拳を突き上げて怒鳴る。それで観念したのか。
〈あ、あうぅ……そうです。僕がやりました……〉
 情けない声が洩れ聞こえてきた。声はゲートの上方あたりから出ているようだが、出力装置スピーカーらしきものは見当たらない。
「お前がゲートの『番人』なのか?」
 クロードが問う。
〈へっ? 番人? あ、ああ……ええと……うん、まぁ、そんなようなもの、かなぁ……〉
 妙に歯切れの悪い返事が返ってきた。
「どーしていきなりゲート動かしちゃったのさ~。おかげでチビ助が巻き込まれちゃったじゃん」
 腰の横に手を当ててプリシスが憤慨する。
〈そ、それは何ていうか、海よりも深くて悲劇的な事情がございまして……〉
「深い事情って、さっきクシャミがどうとか……」
〈ひえっ!? そ、それは、そのぅ……きっかけはクシャミなんだけど……それ以外に色々と……〉
 言葉を濁して、結局黙ってしまった。
「ね、クロード」
 青年の背中をつついて、プリシスが小声で尋ねる。
「ホントにこいつ、『番人』なの?」
「ううん……話に聞いていたのとは随分イメージが違うけど……」
 クロードは首を捻る。
 発見当時の調査報告によれば、『番人』とは、タイムゲートの使用可否を判断する自律式のAIであるという。
 使用者はゲートに利用目的を述べて、それを『番人』が独自の判断基準と照合する。そして目的が正当であると認められた者のみが、実際にゲートを使用することができる。その判断は厳格であり、いかなる干渉をも受けつけない絶対的な存在である──との話だったのだが。
 今クロードたちが聞いている声の主は、動転したり狼狽したり、あまつさえゲートの誤作動まで引き起こしている。厳格さなど微塵もないし、そもそもAIにしてはエラーが多すぎる。
 これではAIというより──まるで本物の──。
「とにかく」
 クロードはゲートに向き直り、再び問いかける。
 疑念は拭えないが、今はそれよりレオンの安否の方が先決だった。
「ゲートが発動して、レオンがどこかに飛ばされてしまったことは確かなんだな?」
〈う、うん。はい……そうみたいです〉
 力ない声でゲートが答える。
「レオンをどこへ飛ばしたんだ? タイムゲートってことは、やっぱり過去なのか?」
〈それは……えっと〉
 しばらく沈黙した。何か調べているのだろうか。やはりAIとは思えない。
〈たぶん……最後に使用したときの設定が、そのまま実行されたんだと思うけど……〉
「最後に使用したとき? それって」
 ──ジエ・リヴォース討伐作戦が完了した後。
「母さんの話では、作戦に加わったローク人の仲間たちを三百年前の惑星ロークに帰したって……」
「それじゃ」
 プリシスが声を上げた。
「レオンは三百年前のロークに飛ばされちゃったの?」
〈た、たぶん……〉
 そうだと思いますと、『番人』は曖昧に答えた。