■ 小説スターオーシャン2外伝 ~Repeat the "PAST DAYS"~


Side C-3 "Rescue operation"

〈あ、あのぅ……〉
「…………」
〈お、起きてもらえませんか……〉
「……ん……?」
〈ええと……そこの変な人形抱えて寝ているお兄さん〉
「なんだと!!」
 いきなりクロードが飛び起きた。ゲートが例のごとく悲鳴を上げる。
「いま変な人形って言ったか? 言ったな。言っただろ!」
〈あ、あうぅ……ごめんなさ……〉
「いいか、彼女はな、僕と契りを交わした大事な嫁なんだ! 嫁と一緒に寝て何が悪……っ!」
「はいはい。残念な主張はそのへんでおしま~い」
 プリシスが欠伸をしながらクロードの口を塞ぐ。彼女もこの騒ぎで目を覚ましたらしい。
「で、どうかしたの、ポンコツゲートさん」
〈あ、あの……〉
 すっかり萎縮したゲートは蚊の鳴くような声を出す。ポンコツという枕言葉に反応する余裕もないようだ。
〈セットアップ……終わりまし、た……〉
「あ、ああ。終わったのか」
 我に返ったクロードが、改めてゲートに向き直る。
「タイムゲートも使えるんだな?」
〈はい。三百年前のロークに設定しました。ただ……〉
「ただ?」
〈前に使ったときの座標がわからないので、同じ場所に転送するのは無理なんです。とりあえず人が集まっていそうな地点に設定しましたけど……〉
「それは……仕方ないか。向こうに行ってからレオンを捜すしかないな」
「あんな猫耳ついた生意気なチビなんて滅多にいないから、すぐに見つかるよん」
 楽観的なプリシスに、クロードは苦笑する。
〈あと、時間軸の移動には多少の誤差が生じます。誤差はプラスマイナス十時間といったところだから、先に飛ばされた彼よりも前に飛ぶことはないと思いますけど……〉
「レオンが飛ばされたのと同じ時間に合わせることはできないの? うまく調節してさ」
〈そこまで細かい指定はできないんです。指定可能な最小単位は約一年なので……。あと、一度使用した地点ポイントより前の時間に指定することもできません。それをやるとパラドックスの管理が複雑になってしまうので〉
「とにかく、レオンが無事でいることを願って、捜すしかないってことだな」
 クロードはプリシスと目を見合わせて、それからゲートに言った。
「それじゃあ、ゲートを開いてくれ」
〈わかりました。ゲートが開いたら、二人同時に飛び込んでください。タイミングがズレると別の座標に飛ばされる場合があるので。それと、ロークの文明レベルにそぐわない武器は外してください〉
「ああ……これか」
 クロードは腰に携えていたフェイズガンを外して、地面に置いた。
「よし、行くか」
〈あ、あの……〉
 おずおずと、ゲートが尋ねる。
〈そ、その……脇に抱えていらっしゃる、それは……〉
「これは武器じゃない」
〈で、でも、なるべく余計なものは持ち込んでほしくな……〉
「余計なものだと!!」
 またもやクロードが激昂する。ゲートも同じように悲鳴を上げる。
「彼女は僕の嫁だと言っただろ! 嫁を連れていって何が悪い! しかも、言うに事欠いて余計なものとは何たる無礼であるかっ! 謝れ! 僕の嫁に謝れ!」
〈わ、わかりました。ごめんなさい。お嫁さん同伴OKですっ〉
 わかればいいんだ、と真顔で頷くクロード。隣でプリシスが白い目で見ていることなど知る由もない。
〈そ、それじゃあ、ゲート起動します〉
 鼓膜に直接響くような機械音が鳴り始めた。二人は台に上り、ゲートの前に立つ。
 白い枠が輝き、紋章が浮かび上がる。それに呼応して内側の空間が歪みだした。枠に縁取られた錆色の景色はたちまち混濁し──漆黒のスクリーンとなった。
 クロードはプリシスと顔を見合わせ、頷き合う。
 そして息を合わせて、膜の中へと飛び込んだ。

 闇黒あんこくのトンネルを潜り抜け、果てなき穴を奈落まで落ちてゆく。
 意識は鮮明なようでもあり、また朦朧としているようでもあった。
 誰かの声が耳許を掠め、空耳かと思う間もなくその声は引き伸ばされ、永遠に轟く地鳴りとなる。
 目の前に数多の光景が映し出され、瞬く間に消えていった。知っている光景もあったが、知らない光景もあった。
 いや、違う。
 その光景はどれも知っていた。それと同時に知らなかった。
 ──認識の埒外らちがい
 ──脳髄の外には何がある?
 そういうことか、と自分は悟った。そうじゃない、と別の自分は否定した。
 時間は錯綜して。
 認識は消滅して。
 自分という存在は、あらゆる意味に於いて失われ、解体してゆく。

 世界は終わる。
 けれども、その瞬間に。
 世界は、始まるんだ──。

「……う……」
 声が出る、とクロードは思った。
 膝を屈めて蹲っている自分を、漸う実感する。
 視界は悪かった。やけに白っぽい。雲の中にでもいるようだった。
「ここ、は……」
 急速に記憶が戻ってくる。
 そうだ。僕は。
 レオンを追ってタイムゲートを潜り、三百年前のロークへと──。
「ローク……なのか?」
 眩む頭を押さえながら立ち上がった。そして周囲を見渡す。
 正面に石で囲んだ池があった。いや──張ってあるのは水ではなく、湯だ。視界がやけに白んでいるのは湯煙のせいか。
「……え?」
 そこで、やっと気づいた。
 周囲に人がいることに。
 湯に浸かっている。岩場に腰を下ろしている。横にも、後ろにも。誰もがこちらを向き、目を丸くして固まっている。
「ここ、は……」
 クロードは理解した。同時に血の気がさあっと引いていく。
 その場にいたのは、全て女性だった。
 しかも、みんな一糸まとわぬ姿で──。
「あ……」
 横にいた女性と思わず目が合ってしまった。驚いている。当然だろう。
 視線を相手の首から上に固定したまま、クロードは懸命に考えた。
 どうすればこの場を丸く収められるか。
 そして、苦し紛れに思いついたのは。
「ゆ……湯加減のチェックに参りましたぁ……」
 愚策だった。

 その日、異国の浴場にて、悲鳴と罵声と湯桶が飛び交ったという。