■ 小説スターオーシャン2外伝 ~Repeat the "PAST DAYS"~


Side C-5 "Fortune teller"

「成る程な。誤ってこの時代に飛ばされてしまった仲間を追ってロークに来た、と」
 彼女の言葉にクロードは頷く。
「転送履歴が消えてしまったので、どこに飛ばされたのかが判らないんです。だから僕たちも適当な場所に転送してもらったんですが……」
「それが女風呂だった訳か」
 フィアは腕を組んでくつくつと笑う。
「笑い事じゃないですよ」
 クロードは項垂れた。疑いは晴れたものの、昨日は本当に酷い目に遭ったのだ。
「まあ良い。事情は了解した。ロニキスの息子とあらば協力しない訳にはいかないな。我ら騎士団も御友人の捜索に当たろう」
 そう言って、彼女は立ち上がった。
 窓からの明かりを受けて、白銀の鎧が目映く輝く。
 褐色の肌。短いながらも女性らしく整えられた髪。頬や腕に刻まれた縞模様はハイランダーという種族の特徴であるらしい。
 彼女こそが、この王国の騎士団長フィア・メル。
 そして──かつて父と共に闘った者。
「その御友人の特徴を教えてもらえないか?」
 書棚から書類のようなものを取って、再び席に着く。
「えっとねぇ、あたしよりちょっとチビで、頭に猫耳生やした生意気なガキだよ」
 プリシスが主観に基づいた説明をする。
 クロードは苦笑しつつ、もう少し細かい特徴を伝えた。
「少年の紋章術使い、か。目立ちそうな外見ではあるから、比較的早く見つかるかもしれないな。それでは城下の兵士に伝えて……」
 そのとき、背後のドアがノックされた。
「フィア様。イレーネ様がお見えですが」
「そうか。悪いが少し待って頂いて……」
 言葉の終わらぬうちにドアが半分ほど開かれて、隙間から老婆が姿を現した。
「邪魔するよ」
「イレーネ殿。申し訳ないが今は客人がおりまして、御用件は後ほど……」
「その客人にも用があるんでね」
 と、老婆は杖をついて部屋に入ってきた。
 そして、クロードたちを一瞥いちべつして。
「あんたらも時を遡ってきたようだね」
「なっ……!」
 クロードは面食らった。
「どうして、それを……」
「私にそれを聞くのは野暮ってもんだよ」
 老婆は皺深い顔を歪めて笑う。
「イレーネ殿は代々のアストラル王と縁の深いお方でな」
 フィアが説明する。
「その卓越した千里眼を以て、王の指南役をして頂いている」
「千里眼とは、また無粋な表現だね。まあいいけど」
 イレーネと呼ばれた老婆は、クロードたちの横を抜けて机の前に立つ。
「依頼した件はどうなったかい?」
「それは……客人の前では」
「どうせこいつらには何のことか判りゃしないよ。聞かせておくれ」
「は……それでは」
 こちらを窺いつつも、フィアは机の隅に積んであった書類を手にして、ページを繰った。
「部下にハビエル・ジェランド氏の周辺を当たらせたところ、不審な点が幾つか見つかりました。イレーネ殿の睨んだ通りです」
「そうかい」
 何やら別件の話が始まってしまったらしい。クロードは所在無さげに老婆の背中を見ながら、聞くともなく聞く。
「氏は三年前、若干十八歳にしてタトローイ闘技場の支配人に就任しています。その頃既に若き実業家として名を馳せてはいたとはいえ、フェザーフォルクが闘技場の主となったことは極めて異例で、当時も世間では話題の的でした」
「彼らはあまり人目に出たがらない種族だからね。同族にとっては異端中の異端だったろう」
「そう……ですね。ヨシュアもあまり快く思っていなかったようです。何しろ彼が実業家としてのし上がってこられたのは──」
「『暁の勇士』の従兄弟、という名声に依るところも大きかったから──だね」
 老婆が言うと、フィアは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「それで、不審な点というのは?」
「ああ、はい。まず彼の生い立ちですが、母親は彼を産んだ際に亡くなっており、父親も彼が五歳の頃に毒殺されています」
「毒殺?」
「犯人は父親の執事を務めていた老人だそうです。ただ、それを証言したのが、まだ幼かったハビエル氏だったそうで」
「ふうむ……」
「さらにそのときの調書を当たってみたところ、屋敷のメイドの証言が記されていまして。その証言というのが──」
 ──毒を盛ったのは坊ちゃんです──。
「メイドが何を根拠にそのような証言をしたのかは判りません。ただ、酷く怯えた様子だった──と調書には書かれています。そして、メイドはそれから間もなく行方知れずとなっています」
 老婆が唸るような声を洩らした。
「次に、氏が闘技場の支配人となってからのことですが」
 フィアは手にしている書類を捲って、次の頁に目を落とす。
「ご承知の通り、アスモデウスが倒された二十一年前を境に、地上における魔物の数は急減しました。それにより闘技場に出す魔物も年々弱体化していたのですが──三年前、つまりハビエル氏就任以降は、登場する魔物が明らかに強くなっているのです」
「ほう」
「それによる事故も最近は増加しています。重傷を負う出場者が後を絶たず、命を落とす者まで出ているようです。それに、捕獲隊も……」
「かなり危険な場所に駆り出されたんだろうね」
 抑揚のない声で老婆が言うと、フィアは目を伏せて。
「息子さんは、残念でした──」
「いや、いいよ。もう過ぎたことだ」
 これも運命さ──と老婆は窓の方を見遣って呟いた。
「報告はそれで終いかい」
「あ、いえ。最後に」
 再び頁を繰ってから、フィアは続けた。
「ここ最近、ハビエル氏の屋敷に怪しげな連中が頻繁に出入りしているようです。いずれも黒いローブを纏っていて、人相は確認できなかったそうですが……」
「黒いローブだって?」
 イレーネが声を上げた。驚いたクロードは彼女を注視する。
「それは何人くらいいるんだい?」
 老婆の剣幕にたじろぎながらも、フィアは答える。
「さ、さあ。一人のときもあれば複数の場合もあるようですが……それに、出入りしているのが同一人物なのかも確認は取れていません」
 それが何か──とフィアが問いかけたが、老婆は俯いたまま低い声で独り言を洩らす。
「あの事実が奴に知れたというのか。だが一体どこから……ああ」
 そして、いきなり顔を上げて。
「──ヨシュア・ジェランドか」
「え?」
 怪訝な顔をするフィアに、老婆は尋ねた。
「ヨシュアと奴は仲がいいのかい」
「それほど親密ではないようですが、まあ親戚なので多少の付き合いはあるようです。私もそれとなくヨシュアに聞いてみたのですが、半年ほど前に酒の席で会ったのが最後とか」
「酒の席?」
「一族の集まりだそうです。従兄弟がやたらと昔話をせがんできたので、酒精しゅせいも祟って色々喋ってしまった──とヨシュアは話しておりました」
「喋ってしまったのかい」
 そう言って深刻そうに溜息をつく。
 そして、こちらを振り返った。
「どうやら、あんたらの力が必要なようだ」
「僕たちの……?」
 老人とは思えないほどの鋭い視線に、クロードは射竦められた。
「あんたらは仲間を捜しに来たんだったね」
「ど、どうしてそんなこと……」
「いちいちそんな下らないこと聞くんじゃないよ。とにかく、あんたの捜してる迷い猫が鍵を握っている。急いでオタニムに行くんだ」
「オタニム?」
「そこに捜し人がいる」
 唖然とするクロードに、老婆はさらに告げた。
「そして、世界の危機を救うんだよ。もう一度」