特別篇 [解決編]
建物の入口の前で、クロードは教祖と対峙した。
「一体どういうことですかな。この私を呼び出すなど、本来あってはならぬことですぞ」
教祖が珍しく気色ばんだ。背後の信者たちも厳しい視線で睨んでくる。クロードはまあまあ、となだめすかして。
「すぐに終わりますので。これから我らの巫女が教祖様のために『奇蹟』を披露します」
「奇蹟、ですと?」
「ええ、あなたの『奇蹟』にも劣らぬ、素晴らしいものです」
口許をつり上げて自信たっぷりに見返すクロード。教祖はそれを無表情で眺めていたが。
「……いいでしょう」
自ら建物の中へと入った。信者も慌てて後に続く。
中は薄闇に包まれていた。陽は先程地平線の向こうに落ちたところ。窓からの頼りない光が、ぼんやりと内部の輪郭を浮き上がらせている。
壇上には、猫耳の巫女が立っていた。傍らに控えるローブ姿の少女──レナの持つ松明が、その姿を照らし出す。遠目で表情はよくわからない。
「しかとご覧ください。これが巫女のお力です」
クロードが厳粛に言った。一身に注がれる視線の中、巫女は両手を横にゆっくり広げる。
「!」
彼らは目を瞠った。巫女の足が、地面からふわりと離れたのだ。手を広げたまま、壇上をゆらゆら漂っている。
「こ、これは……!」
「空中浮遊。確かあなたも行うのでしたね。『奇蹟』と称して」
クロードを振り返り狼狽する教祖。その背後で、巫女の姿がかき消えた。レナが松明を消したのだ。
「そして、もうひとつの『奇蹟』がこちら」
クロードは入口の扉を押し開けた。扉の先には誰もいなかった──が。
「これが種明かしだよ」
扉の陰からすっと現れたのは、巫女の姿をした、少年。
「もうわかっているよね。壇上にいたはずのボクが、どうやって外から現れたのか」
「…………っ!」
レオンの言葉に、教祖が歯軋りする。そして、背後の壇上に明かりが点った。
そこにはプリシスとアシュトンが立っていた。明かりはプリシスのリュックから伸びた鋼鉄の腕から放たれている。おそらく小型の電灯のようなものを握っているのだろう。
「今のボクも、そしてあのときの教祖も、最初から建物の中にはいなかったんだ。あったのは」
レオンが壇上を指さす。プリシスたちの横には、一枚の大きな鏡があった。
「僕らが見たのは鏡像だったんだな」
「そう。本当の犯行現場はここじゃない。この建物の、屋根の上だ」
言いながら壇をよじ登ろうとするが、やはり裾が邪魔で上手くいかない。しまいには足を滑らせてしまい、慌てて縁にしがみつく。
「レオン、いい加減自分の格好を認識したほうがいいぞ」
「うるさいなっ」
クロードに背中を押してもらって、ようやく上がることができた。
「この鏡が映していたのは、あの看板。だけど」
鏡を背にして、建物の反対側の壁を指さした。窓の硝子を通して巨大な看板が見える。だがそこには例のきわどいスローガンはなく、代わりにレナが手を振っていた。
「あれも布を剥がしてしまえば、鏡だったんだ。そしてあっちの鏡には屋根の上の光景が映っている」
「空中浮遊は鏡の角度を変えるだけか。暗闇の中ではそれが鏡像かどうかなんて、わかりっこないからな」
クロードが言う。レオンは壇上から飛び降りて、教祖を見据えた。
「昨日、あんたたちは薬でボクたちを眠らせた後、ここに鏡を設置して、外から鍵をかけた。そして夜になってボクたちが起きると、屋根の上で『儀式』を始めた」
「ち、ちょっと待ちなさい。あのとき、貴方がたは建物の中で私の声を聞いたでしょう。私が屋根の上にいたというなら、あの声は……」
「しらじらしい爺ちゃんだな~。もうとっくにバレてるんだよ、ほらっ」
と、プリシスが鏡の裏から台座つきの喇叭のような機械を取り出して、前に置いた。教祖の顔が痛いように歪む。
「そ、それは……」
「あんたの家の物置きに隠してあったよん。ちなみに作ったのはうちのオヤジね」
そう言って、得意気にピースサインをするプリシス。
「これにあんたの声をあらかじめ吹きこんでおいて、頃合いを見計らってから、建物の隙間から流す。あとは声に合わせて『儀式』をやるだけだ」
教祖は苦々しげにレオンを睨んだが、もはや反論はできなかった。
「そして仕上げに」
レオンが続ける。
「オツキィさんを槍で刺し殺した後、松明を消して姿を隠す。それから天井の硝子を割って、オツキィさんと十字架を下に落とす。十字架も一緒に落としたのは、壇上の鏡を割るためだね。粉々になった鏡は硝子の破片に紛れて、暗闇の中ではまったく区別がつかない」
「現場を朝のうちにさっさと片づけたのは、証拠隠滅のためだったんだな」
クロードの言葉に、信者たちは下を向いた。
「そして教祖は、屋根から旗を掲揚するポールを伝って下に降りる。あとは外から扉を開けて姿を見せれば、『奇蹟』の完成だ」
最後に少年は教祖をまっすぐ見つめて、聞いた。
「こんな感じで、いいかな?」
「……うう……」
教祖からの返答は、嗚咽にも似た唸り声だった。がくりと膝をつき、うなだれる。
「オツキィさん殺害は、神ではなくあんたの仕業ということが立証された。容疑者として、身柄を拘束させてもらうよ」
クロードが静かに言う。教祖は既に観念したようだ。信者の呼びかけにも応じず、床に座り込んだまま肩を震わせていた。
「何も殺さなくっていいのにね。いくら邪魔だったからって」
ラクールから来た兵士に連行される教祖を見て、レナが呟いた。
「そのへんは色々事情があったのかもしれないよ。ま、別にどうでもいいけど」
レオンは澄ました顔でそっぽを向いて、それからレナを見た。
「そういやお姉ちゃん、ボクの服持ってきてくれたの?」
「うーん、それがね」
レナは大きな布袋を広げて見せた。中には何も入っていない。
「ここに入れておいたはずなのに、なくなっていたの」
「はぁっ!?」
途端にレオンの顔色が変わる。
「な、なくなってたって、なんで……」
「うん。それで、代わりにこんなものが」
と、レナはカードのような紙を袋から取り出して、レオンに渡した。
紙には乱雑な字で、こう書かれていた。
君の服は私が預かっている。返して欲しければ私の屋敷まで来たまえ。
もちろんその素敵な姿のままでね。巫女との禁忌というシチュエーションも、なかなか興趣をそそるではないか。ふふふ。
楽しみにしているよ。
──怪盗633B
「……またこいつか」
「久しぶりやね、変態ストーカー怪盗」
いつの間にやらクロードとプリシスも集まっていた。
「……あ~い~つ~は~~~~っ」
レオンの顔がみるみる赤くなる。紙を持つ手も震えている。
「服なんて持っていって、どうするつもりなのかしら」
「あまり考えたくないな……」
「うん、やっぱり変態さんだ。しかも残念な部類の」
三人はレオンを見た。猫耳の巫女は紙を破り捨て、きっと前を向くと大股で歩き出した。
「レオン、行くのか?」
「当たり前だろっ! 服を取り返したら、家ごとぶっ潰してやる」
威勢をあげて歩いてゆくレオン。が、また裾を踏んで前に転んでしまった。そのときふわりとスカートが翻り──。
「……レオン、もしかしてパンツまでおんな……」
「言うなーーーーーーーー!!」