Side C-2 "Look forward"
「『そうだと思います』じゃないでしょが、このポンコツゲートがっ」
プリシスに一喝されて、『番人』はひいっと悲鳴を上げた。
〈ぽ、ポンコツ?〉
「チビで生意気でちっとも可愛くないガキだけどさ、それでもあたしたちの仲間なんだよ。どーしてくれんのさ」
珍しく本気で怒っているようだった。
「変なトコロに飛ばされて、きっと今頃怖くて泣いてるよ、あいつ。もしかしたら少しちびってるかも。あの歳でお漏らしは恥ずかしいんだからね」
「何の話だよ……」
怒りながらもレオンに対する揶揄はきっちり入れてくる。
「と~に~か~く。さっさとチビ助をこっちに戻しなさいっ。できるんでしょ?」
〈そ、それが……〉
すっかり萎縮した声でゲートが答える。
〈い、今確認したら、転送の履歴が全部消えてしまっていて……ど、どうしてだろう? 変な操作したっけなぁ……〉
「履歴が消えた?」
嫌な予感がした。
「それじゃあ、レオンがどこに飛ばされたのか、わからないのか?」
〈は、はい。それがわかればゲートを開き直して誘導することもできるんですけど……〉
「バックアップは? 取ってないのか?」
〈へ? あ、ああ、バックアップは……あ〉
突如、沈黙した。そして。
〈あああああーーーっ!!〉
脳が揺さぶられるほどの大声が惑星中に響いた。
〈ば、ば、ばばば、バックアップがない。空っぽだ。ていうかシステムが全部初期化されて……あ。そ、そうか、メンテナンスに切り替えたから、それで……し、しまった。さっきの操作でオールリセットかけちゃったんだっ!〉
「オールリセットって……おいおい」
案の定、厄介な話になってきた。
〈あぁ……まずい、まずいよ……。こりゃ社長直々に大目玉かな……もしかしたら即日クビかも……せっかく花形のスフィア管理に転属されたのに、初日でこんなことになるなんて……〉
ゲートは何やらぶちぶちと愚痴を垂れ流し始める。
その内容に、クロードの疑念はさらに深まる。
社長とか転属とか、まるで会社でもあるような物言いだ。
──まさか。
「……いや、まさか、な」
その結論はあまりにも馬鹿げている。たとえ事実でもそんな話は信じたくなかった。
ともかく確かなのは、この『番人』が完全無欠の存在などではなく、それどころかゲートを誤作動させ大事なデータも消してしまうほどの粗忽者だということだ。ならば何も臆することはない。
思い直して再びゲートを見上げる。愚痴はまだ続いていた。
〈大体さ、この部屋ホコリっぽいんだよ。それで思わずクシャミが出ちゃって……そうだよ、悪いのはここの掃除当番なんだ。僕のせいじゃない〉
「おい」
〈ようし、ここはひとつ、そのセンで弁解してみよう。うまくいけば掃除のおばちゃんに責任転嫁できるかも。でもなぁ、リセットかけたのはクシャミと直接関係ないし……〉
「おい」
〈クシャミとリセットとの因果関係をどうにか見出して……ちょっとくらい話を作っちゃってもバチは当たらないよね。うふふ……よーし、これにて一件落着〉
「してないっ!」
クロードの怒声に、ゲートはまた悲鳴を上げた。
「あんたのクビなんてどうでもいいから、さっさとレオンを助け出す方法を考えてくれ」
〈ふ、ふえぇ……わかりましたぁ〉
もはや『番人』としての威厳など欠片もなかった。
「こちらからレオンを呼び戻すことは、できないんだな?」
〈は、はい。転送した座標がわかればそういうこともできるのだけど、履歴が消えちゃったので……〉
「消えたんじゃなくて、あんたが消したんでしょ~が」
プリシスの突っ込みに、ゲートはうう、と呻いた。
「繰り返し聞くけど、レオンが三百年前のロークに飛ばされたことは間違いないんだな?」
〈ま、間違いない、って言われると自信ないけど……最後に使った設定から何も触ってなかったから、そのまま実行されたんじゃないかと〉
「ローク人のお仲間さんをロークに送り返したときだったけ? そんじゃ、レオンも今頃そのお仲間さんと会っていたりするのかな」
〈あ、ああ。そうじゃないです〉
「え?」
思わぬ否定にプリシスは首を傾げた。
〈タイムゲートの時間軸指定は、絶対時間ではなく相対時間なんです。つまり『現在』を基点にして、そこから何年前に遡るかを指定する。基点である『現在』が移動すれば当然、遡る時間も移動しているはずです〉
「??? どゆこと?」
プリシスはクロードを見る。
「ええと、つまりね」
クロードは頭を掻きながら説明する。
「父さんたちの仲間を三百年前のロークに送ったのは、今から二十一年前のことなんだ。宇宙歴でいうと346年。その時点での三百年前なのだから、彼らは宇宙歴46年のロークに渡ったことになる」
「ふんふん」
「で、今は宇宙歴367年なんだけど、タイムゲートは『三百年前』という指定の仕方だから、レオンが飛ばされたのは現在から三百年前……つまり宇宙歴67年。二十一年もズレているのだから、少なくともローク人の仲間たちはとっくにその座標にはいないと思うよ」
「そっか。残念だな~」
何が残念なのかは不明だが、ひとまず納得したようだった。
「それで」
クロードが本題に戻す。
「タイムゲートは今も使用可能なんだな?」
〈えっと……初期化はされてるけど、動作には問題ない、かな……〉
「よし」
屹然とゲートを見据えて、青年は言った。
「僕がレオンを助けに行く。三百年前のロークに行けるよう設定してくれ」
〈え、ええ? それは……ちょっと〉
「あたしも行くっ!」
ゲートの返答を遮ってプリシスが叫んだ。
「できればプリシスには残っていてほしいんだけどなぁ。何か起きたときのために」
「行くよ。こんなチャンス滅多にないんだもん」
「チャンス?」
クロードが聞くと、少女はふふんと鼻を鳴らして。
「助けに行けば、あのチビ助に貸しを作れるじゃん。もしかしたら泣きベソかいてる顔も拝めるかもしれないし~」
楽しみ~と、含み笑いを浮かべるプリシス。レオンに対してはとことん意地が悪い。
「……まぁ、いいか。それじゃゲートを開いてくれ」
〈で、でも、ゲートの使用には管理者の許可が〉
「管理者はあんただろ。利用目的は今述べた。もちろん許可してくれるよな?」
一歩前に出て、凄んでみせるクロード。
『番人』はしばらく沈黙して、それからおずおずと言った。
〈も、もし、許可しないと言ったら……?〉
「その場合は」
クロードは指を鳴らした。あいあいさ~と背後のプリシスが応じて、リュックから筒状に巻かれた白地の布を取り出した。
広げると、布は五メートルほどあった。手書きの可愛らしい文字で何か書いてある。
『ゲートの中のえらい人へ──
ここの番人さんはゲートを誤作動させちゃったよ。
しかも巻き込まれた人がいるのに助けようともしないで、ぜんぶ掃除のおばちゃんのせいにしようとしているよ。
最低だなあ。
こんなヒトは今すぐクビでいいと思います』
ひいっとゲートが何度目かの悲鳴を上げた。
「許可しないなら、この垂れ幕をゲートにくくりつける」
〈そ、そんなのいつ用意して……。わ、わかりました。許可します。ぜひ使ってやってくださいっ〉
姿は見えないが、土下座してひれ伏す姿が目に浮かぶようだった。
「それじゃあ、今すぐ準備してくれ」
〈は、はい。でも……〉
ゲートは申し訳なさそうに言った。
〈初期化してしまったから、セットアップに時間が……あ、たくさんアップデート来てる。まずはサービスパックを導入して、それから各種パッチを……〉
「なんでそんな一昔前のOSみたいなシステム使ってんだよ……」
どうやら長丁場になりそうだった。