Side C-7 "Mission to the deep space"
神殿に着いたのは夜更け過ぎだった。
バーニィを調達できず仕方なく馬車で向かったのだが、途中の悪路も祟ってかなりの時間を要してしまった。それでも夜明けまでには間に合ったのだから、良しとすべきか。
「レオンたちが心配だ。急ごう」
クロードは車から飛び降りる。
レオンはかなり前にここに来ているはずだ。
兵士に馬車の見張りを頼んでから、クロードとプリシスは神殿の入口へと向かった。
入った途端、不自然な熱気を感じた。
燭台や篝火の熱ではない。何かが焦げたような臭いもする。
「うへぇっ!」
後から入ってきたプリシスが妙な声を上げた。何かを踏みつけてしまったらしく、慌てて横に跳び退いている。
「これは……」
持っていたライトで床を照らす。
それは人の死体だった。
周囲に数体、いずれも黒いローブを纏っている。
闘いがあったのだ、とクロードは悟った。
「足許に気をつけな。そこらじゅうに転がってるぜ」
奥の方で声がした。
「誰だ!」
クロードがライトを向ける。
上り階段の前に、蹲る男の姿があった。
「眩しいな、おい。そんなモノ持ってるってことは、この星の人間じゃなさそうだな」
クロードとプリシスは目を見合わせる。
「どうして、そんなこと……」
「まぁ、こっち来いや。怪しいもんじゃねぇ──つっても説得力はないか」
逡巡したが、危害を加える様子はなかったので用心しいしい階段の方に近づく。
男は剣士のようだった。背中に巨大な剣を差し、隆々とした身体を丸めて座り込んでいる。
「お前ら、あのチビの仲間か?」
肉食獣を思わせる眼つきでこちらを見ながら、男が尋ねる。
「あのチビって、猫耳つけて白衣着たクソ生意気なチビのこと?」
プリシスが聞き返す。
「ああ。そのチビだよ」
男は苦笑しながら答えた。
「あなたは、レオンとは……」
「成り行きだが一緒に行動してたよ。ファーレンスのチビを助けるために来たんだが……このザマでね」
剣士は少しだけ身体を起こした。クロードは思わず顔を顰める。
全身に火傷を負っていた。脇腹からは血も流れている。
「剣もろくに握れねぇから、あいつらだけで先に行ってもらった。今頃は親玉と接触してるかもしれねぇ。早く行ってやりな」
「けど、あなたは……」
「ここで待ってるよ。この状態じゃ足手まといだ」
クロードは躊躇した。
この傷は……深手だ。放置すれば命を落としかねない。
だが、彼を街に送るだけの時間は──。
「ね、クロード」
ソレ使ったら、とプリシスがクロードの脇のあたりを指さす。
「あぁ……そうか」
相変わらず肌身離さず抱えていた『レナちゃんmkⅢ』。彼女の呪紋なら……。
「レナ、この人の手当てを頼めるかな」
〈もちろんよ。クロードの頼みだものね〉
地面に置くと、人形は金属の両腕を上げた。
〈キュアライト!〉
光の粒が剣士に降り注ぐ。爛れた左腕も、胸の火傷も、脇腹の傷もみるみる癒えていった。
「お、おお……すげぇ」
腕の具合を確かめてから、彼は人形に目を向ける。
「何だかよくわからんが、助かったぜ」
〈どういたしまして〉
レナの代役は丁寧にお辞儀を返した。
「それじゃあ、僕たちは行きます」
クロードが言うと、男は待てよ、と制した。
「俺も行くぜ。これなら闘える」
「けれど……もう少し休んでいた方が」
回復呪紋は傷は癒すが、流れ出た血までは戻せない。見たところ彼はかなりの出血をしていた。
「ちっとばかし足許がふらつくが、問題ねぇよ。チビどもを守るのは俺の役目だしな」
立ち上がって、男は右手を差し出す。
「シウス・ウォーレンだ」
「あ……僕はクロード・C・ケニーです」
握り返そうとしたが、突然シウスが手を引っ込めた。
「ケニー? ケニーって、ロニキスの?」
「ロニキスは……僕の父ですが」
「父だぁ!?」
いきなり肩を掴まれ、鼻がぶつかりそうなくらいの距離で見つめられた。
そして。
「似てねぇな」
「は?」
「……もしかして、母親はイリアか?」
クロードは頷く。
「そうか。やっぱりくっついてたんだな、あいつら」
シウスはクロードから離れて、訳知り顔で呟いた。
「あ、あの。一体どういう……」
「ああ。悪いな」
困惑するクロードに、彼は意味ありげな笑みを返して。
「時間がねぇから、とにかく先に進もうぜ。全部片づいたら話してやるよ」
踵を返すと、階段を上っていった。
クロードは小首を傾げる。
そして、ようやく思い至った。
「……もしかして、あなたも暁の……!」
慌ててシウスを追いかけるクロード。
「ちょっと、あたしはガン無視かよ~っ!」
背後でプリシスが地団太を踏んでいた。
陰気な通路が続いた。
ライトを持ったクロードが先頭を歩き、プリシス、シウスと続く。
「ハビエル・ジェランドだと?」
シウスが聞き返す。
「ええ。そいつが今回の首謀者だそうです」
クロードが言う。
「ちょっと待て。ジェランドって、まさかヨシュアの」
「従兄弟……だそうです。暁の勇士であった彼からラティさんたちの話を聞いたことが、この企ての契機だったとか」
「ああ……そういうことか」
ヨシュアの馬鹿が、とシウスは悪態をついた。
「俺たちが生きている限り『伝説』は『事実』のまま──なんだな」
「え?」
「お前の親父さんの言葉だよ」
クロードが振り向いたが、シウスはそれ以上何も言わなかった。
「ね、魔王ってどんなヤツだったの?」
プリシスがシウスに尋ねる。
「どんな、って……見た目は普通の人間っぽい奴だったよ。ああでも、途中で怪物に変身したっけな」
「変身!? カッコいーじゃん」
「はぁ?」
場違いなプリシスの調子に辟易したらしく、シウスは首を竦めて眉尻を下げる。
「んじゃ、そのハビエルってのもバケモノにへんしーん、したりするかな」
言いながら彼女はポーズを取る。
「それは正義のヒーローの変身ポーズだよ」
呆れつつも律儀に突っ込みを入れるクロード。
「それに、たぶんハビエルは魔王の力をあまり行使できないんじゃないかな」
「どうして?」
変身ポーズのままプリシスが聞く。
「彼が魔王の力をそのまま使えるなら、わざわざ過去を改竄してまで二十一年前の魔王を復活させる必要なんてない。それをやろうとするってことは、彼はあくまでも魔王の代行者でしかないんだと思う」
「そうだな。今の奴なら大したことないはずだ。過去を変えられる前に片づけねぇと」
シウスの言葉に、クロードが頷く。
そして再び無言で通路を歩いた。
短い階を上がると、前方に灯火の明かりが見えた。
部屋がある。しかも明かりが点いているということは──。
クロードは後ろの二人に身を隠すよう合図を送る。そして自分も大扉の陰に隠れて、中の様子を覗った。
正面に誰かが立っている。長い髪と淡い色のローブ、そして背中には……白い翼。
「あれが……」
呟きかけて、息を呑む。
その天使のような男が、横を向いた。
視線の先には、
レオンが──。