■ 小説スターオーシャン2外伝 ~Repeat the "PAST DAYS"~


Side C-4 "A feeling of oppression"

「なんで、こ~なるのっ!」
 自棄やけっぱち気味に、プリシスが叫んだ。
 クロードは板張りの粗末なベッドに腰掛けて溜息を洩らす。毛布はおろか、布一枚とて敷かれていない。
 三方を石壁に囲まれ、窓はない。そして正面には──鉄格子。
 紛うことなき牢屋であった。
 兵士に引っ立てられ、弁解する間も与えられず、クロードたちはここに放り込まれた。
「何もピンポイントであんな場所に転送しなくたって……」
 ゲートの番人は「人の集まっていそうな地点」と言っていた。確かにそれは間違っていなかったが。
「あんのポンコツゲートめ~。帰ったら覚えておけよっ」
 向かいの牢ではプリシスが壁を叩いて喚いている。ちなみに彼女はクロードとは反対側の風呂場──つまり男湯──に転送されてしまったらしい。逆であったら何も問題はなかったのに、とクロードはつくづく思う。
「プリシス、怪我はないか?」
「怪我? 別にしてないよ。クロード怪我してるの?」
「ああ、まあ……ちょっとね」
 クロードは顎の横あたりを摩る。脇腹もズキズキと痛む。風呂場の淑女たちは覗き魔に容赦なかった。思い出しただけで身震いがする。
「女の人って恐いわぁ……」
「は?」
 怪訝な顔をするプリシスをよそに、クロードは『レナちゃんmkⅢマークスリー』を抱きしめる。
〈クロード、負けないで。私がついているわ〉
「ああ……そうだね。僕の味方は君だけだよ」
 いよいよクロードが現実逃避を始めたので、プリシスは諦めてベッドに横になる。
「昔は結構好きだったんだけどなぁ……」
 少女の呟きは、石壁に吸い込まれて儚く消えた。

 一眠りしたら兵士に叩き起こされた。錠が解かれてクロードたちは檻から出される。
「これから取り調べを行う」
 兵士の後をついて地下牢を出た。分厚い鉄製の扉を抜けると、赤絨毯の敷かれた廊下が延びていた。
「ここって……」
「アストラル城だ」
 昨日来たときは暗くて判らなかったが、どうやら街から王城へと移送されていたらしい。そういえば渡り船のようなものに乗せられた気がする。
 階段を上がり、廊下の先にある扉を兵士がノックする。
「連れてきました」
「よし。入れ」
 扉が開けられ、クロードたちは部屋に通される。
 さほど広くない部屋だった。正面に机、その脇に書棚、壁には鞘に収められた剣が飾られてある。
「そこに座りなさい」
 書棚の横に立っていた女性が言った。クロードとプリシスは中央に置かれた椅子に並んで腰掛けた。
 女性も腰を下ろした。机を挟んで正面から向き合う。
 褐色の肌に、女性にしては短い髪。凛々しい瞳とも相俟あいまって少年のような印象を受けたが、目許や口許には小皺も窺えた。よく磨かれた鎧と胸に下がった幾つもの勲章が、彼女の立場を如実に顕している。
「お前たちか、堂々と浴場に侵入した覗き魔というのは」
 机に置かれた紙に目を落としつつ、彼女が言った。
「あ、あの、それは……」
「まあ待て」
 弁解しようとするクロードを女性が制した。
「本来ならば、覗きなど適当にお灸を据えて釈放するのだが──兵士の報告を見ると、どうもお前たちには不審な点が多くてな」
 まずい、とクロードは内心思った。
 ただの覗きとして処理されれば微罪で済む。だが、もし別のことを疑われてしまったら。
 ──レオンを捜すどころではなくなるかもしれない。
「兵士が浴場にいた者たちに事情を聞いている。それによれば、お前たちは何の前触れもなく浴場に現れたという。窓からも入口からも侵入した形跡はなく、また目撃者もいない。お前たちは一体どこから浴場に忍び込んだのだ?」
「それは……」
 本当のことなど言っても通じる訳がない。かといって巧い言い訳も思いつかない。
 このままでは、ますます立場が悪くなってしまう──。
 唇を噛んで身を固くしていると、女性の方がフッと笑みを洩らした。
「そう深刻な顔をするな。お前たちにあらぬ疑いをかけるつもりはない。風呂場を覗いて捕まるなんて間抜けな間諜スパイもいないだろう」
「は、はあ……」
 クロードは上目遣いで女性を見る。
 彼女は机に頬杖をついて、面白いものでも見るようにこちらを眺めている。
「お前たちは、尻尾がないのだな」
 唐突に尋ねられて、クロードは目を丸くした。
「は? ああ……そう、です、ね……」
 ローク人の大多数はフェルプールという種族だ。ネコ科の遺伝子を有するこの種族は手足や耳などに猫の特徴が表れることがあるが、ロークのフェルプールはほぼ百パーセントの割合で尻尾が生えるという、極めて珍しいタイプであるらしい。
「千切れて無くなった、というわけでもないのだな?」
「ええと、その、なんていうか……」
 動揺のあまりしどろもどろになってしまう。またひとつ怪しまれる要素が増えてしまった。
 だが女性は、笑みを浮かべたまま言った。
「かつて私も、尻尾のない者に会ったことがあってな」
「え?」
 彼女は横を向いて、目を細めていた。
 何かを──懐かしむような──。
「ひとつ問おう」
 再びこちらに向けて言った。
「お前たちが何者なのか、それを確かめるための質問だ」
 クロードは顎を引く。
「ロニキス・J・ケニーという名を知っているか?」
 そして、呆気にとられた。
「……どうして」
 ──どうして、その名が。
「知っているのだな」
 既に確信したような物言いだった。狼狽しつつもクロードは答える。
「……ロニキスは、僕の父です」
「なんだって?」
「僕はクロード・C・ケニー。彼の……息子です」
 女性が席を立った。机に手をついて、クロードの顔を刮目する。
 そして。
「そ、そうか……ロニキスの息子か。これはいい。何たる奇遇だ!」
 声を上げて笑い出した。クロードはプリシスと目を見合わせる。
「ああ、済まなかったな。歓迎するよ、ロニキスの息子」
 目尻の涙を指で拭ってから、彼女は言った。
「私はフィア・メル。──お前の父の、戦友だ」