■ 小説スターオーシャン2外伝 ~Repeat the "PAST DAYS"~


Epilogue

 宇宙暦367年。
 闇よりも濃い漆黒の深宇宙を、一そうの小型艦が航行している。
 ふねの主は銀河連邦軍中尉クロード・C・ケニー。予定より三日遅れで惑星ストリームでの調査を終え、ようやく帰途に着こうとしていた。
「ずいぶん遅れちゃったけど、そのへん大丈夫なの?」
 操縦席コックピットに座っていたクロードに、同行者の少女──プリシスが尋ねる。既に自動航行に切り替わっているので操縦の必要はない。
「ああ……まぁ、たぶん何とかなるよ」
 そっか、とプリシスは訳知り顔になる。
「なんたって軍のホープだもんね~。裏から手を回してゴニョゴニョできちゃうんだ」
「……そういう嫌らしい物言いはやめなさい」
 軽くたしなめてから、そういえば、とプリシスに聞く。
「レオンはどうしたんだ?」
「部屋で寝てるよー。爆睡中。ちっとも起きないでやんの」
「色々あって疲れたんだろうね。報告書は地球に戻ってから書いてもらおうか」
 そう言うと、操縦席のシートに沈み込んで、腕を組む。
「うーん……」
「どしたの?」
「何だろうな、この心残りは……」
 クロードは眉間に皺を作って、何度も首を振る。
「心残り?」
「何か、とても大事なことを忘れているような……」
「気のせいだって」
 スクリーンに映る星の海を眺めながら、プリシスは大きく伸びをする。
「ぜーんぶキレイに解決したじゃん。みんな無事だし、歴史も変わらずに済んだし。ほらほら、もっと嬉しい顔しなよ~。レナも家で待ってるよ」
「ああ……そうだね。レナ……が……」
 そこで、硬直した。
「……そうだ……レナだ」
「へ?」
「レナがいない。ど、どこに置いてきてしまったんだ、僕は!?」
 一瞬何のことか判らなかったが、少しして人形の『レナ』のことだと思い至る。
「ぷ、ぷ、プリシス、れ、レナはどこに、どこに行ったんだ?」
「知らないって。そういや帰ってきたときには持ってなかったよね。過去のロークに置いてっちゃったんじゃない」
「そ、そんなっ。ひとりぼっちで置いていってしまうなんて。ど、どうしよう、どうしたら、どうすれば」
 頭を抱えて周囲を徘徊し始めるクロード。人形の不在に気づいた途端、挙動不審になってしまった。
「……せっかく後半はカッコいいクロードだったのになぁ……。あ~あ」
 プリシスはうんざりしたように溜息をつく。
「そ、そうだっ。レナ、今から僕が助けに行くよ」
 と、いきなりクロードは端末にかじりついて、何を思ったか艦に命令を送る。
「大至急、今すぐストリームに引き返すんだッ」
「え、ええ~!? クロード、ちょっと待って……」
〈本艦は既にワープ準備に移行しています。要求を拒否します〉
「ワープは中止だっ。手動に切り替え。いいから言うことを聞けぇっ!」
〈お断りします〉
「も~、クロード、いい加減に正気に返れ~~~っ!!」

 その後、彼らを乗せた艦が謎の蛇行運転を始めるのだが、原因は明らかになっていない。

 宇宙暦67年。
 青空の下の大海原を、一隻の帆船が航行している。
 惑星ロークのアストラル大陸とムーア大陸を結ぶ定期便であった。
「アリシア、そこにいたのか」
 船室から出てきた少年──クレスが、甲板の先に立っている妹を見つけて声をかけた。
「お兄ちゃん、すっごいよ。イルカさんが、たっくさん」
 手摺の下の格子の間から、アリシアは海を覗き込んでいる。
「柵にあんまり近づくなよ。落ちても知らないぞ」
 兄が注意すると、妹は落ちないもんっ、と頬を膨らませる。
「あれ? その人形って……」
 隣まで来たところで、アリシアが抱えているそれに気づいた。
「確か金髪の兄ちゃんが持ってた……」
 呪紋が使える不思議な女の子の人形。あの青年がまるで本物の女性のように扱っているのを見て、何だか居たたまれない気分になったものだが。
「なんでお前が持ってるんだよ」
「宿屋に置きっぱなしになってたの。それでね、ひとりぼっちは寂しいから、アリシアが連れてってあげたんだ」
 忘れていってしまったのだろうか。それにしても。
「勝手に持っていくなよな……」
 クレスは呆れる。
「だって、寂しそうだったもん」
 アリシアは平然とそう主張する。悪いことをしたという認識はないらしい。
「まぁ……持ち主に返そうにも、返せないからなぁ……」
 彼らは、もうこの地に戻ってくることはないのだ。
 実は今ひとつ理解できていなかったのだが、とにかくこの世界の人間ではない、ということは確かなようだった。
 人形の持ち主は永遠に帰ってこない。アリシアの言う通り、ひとりぼっちだ。
 だったら──いいか。
「この子、レナちゃんっていうんだって」
〈レナよ! よろしくね〉
「あ、ああ。よろしく……」
 アリシアが足許に置くと、レナはぺこりとお辞儀をした。本当に不思議な人形だ。
「あっ、そうだ。アリシア、他にもたくさんお人形持ってるんだよ。おともだち紹介するね」
 再び人形を抱えて、アリシアは船室へと駆けていった。
 ばたんと閉まる扉を見送ってから、クレスは頭上を振り仰ぐ。
 突き抜けるような晴天だった。
「レオンも今頃、船の中かな……」
 そう呟いてから、腰に提げた木製の剣を抜く。
 前を向き、甲板の上で身構えた。そして瞑目する。
「オレもいつか……あんなふうに」
 目の前で繰り広げられた闘いを、クレスはずっと怯えて眺めていただけだった。
 けれど、それだって──経験だ。
 戦場の匂いも、音も、感触も、その小さな身体に刻み込まれている。
 闘いの記憶は、確かに──受け継がれたのだ。

 クレスは剣を下手に構え、片足を一歩前に踏み出した。
 そして目を見開いて。
 彼と同じように、剣を振り上げる。

「空破斬っ!」

 甲板で羽を休めていた海鳥たちが、いっせいに飛び立った。
 あの大空の向こうへと──。

 そして、再び宇宙暦367年。
〈ふ……ふふふふふ……〉
 錆色の大地に、不穏な笑い声が響いている。
〈すべては……計画通り……〉
 砂煙の中、佇む不可思議な建造物。
〈運命の円環は閉じられた……そう、我の手によって!〉
 タイムゲートと呼ばれるその建物から、声は発せられていた。
〈ふはははは! どうだ、見事な演出であっただろう、諸君! 全ては我の筋書きシナリオ通りだったのだ! あの者たちも、我の掌の上で踊らされていたとも知らずに滑稽なことよ。歴史は生み出されるものにあらず、この我が生み出すものであるッ! 歴史の糸はこの我の手で紡がれるのだ。我こそが神。我こそが世界の真の支配者ッ。さあ、我が前にひれ伏せ。そして我が名を呼ぶがいい。諸君の前に燦然と君臨するは、この……〉
 唐突に声が途切れた。何やら遠くから別の声が聞こえたが、風音に紛れて内容は聞き取れない。
〈あっ……社長。お、お疲れ様でっす。どうしてこんな場所に……〉
 再び声が響いた。
〈え? なんでワイングラス持ってるのか? いや、その、これは気分を盛り上げるために……あ、社長もどうです一杯? え? いえいえ、勤務中に酒なんてとんでもない。ノンアルコールですってぇ〉
 別の声と会話を交わしているようだが、先程の独白から一転して、えらく慇懃な口ぶりだった。
〈……え? はいはい、私は三日前からここに泊まり込みで……いえいえ、トラブルとかそういうことではなくて、今後のスキルアップのための勉強を……え? サーバの不具合? バックアップが消えた? わ、私は存じておりませんが……〉
 次第に震え声になってきた。
〈は? 初期化? いえいえ、そんなはずは……あれ、おっかしいなあ。こ、こんなはずは……え、転送履歴? あ、ち、ちょっとお待ちを、まだ見ないで……あぁ……〉
 そこで一気に声が萎んだ。それでも少しの間を置いて復活する。
〈あ、あの、これはですね。不幸な事故と言いますか、掃除のおばちゃんのせいと言いますか……。へ? あぁ、この二件の転送はですね、ネコミミ病という重い病に冒された少年が特効薬を求めて三百年前へ……え? い、今なんと? 懲罰委員会ぃ!?〉
 裏返った情けない声が無人の惑星に響き、さらに遠くの岩山から谺となって返ってきた。
〈しゃ、社長、それだけは、それだけはどうかご勘弁をっ。私には病に伏せた両親とお腹を空かせた幼い弟たちが八人おりまして……え? 一人っ子? 両親も健康? そ、そこまでご存知とは……あ、お、お待ちください社長。私は入社以来、社長を深くお慕い申し上げておりまして……ですから、なにとぞ、なにとぞクビだけは──〉
 そこで音声が途絶えた。不毛の大地が一瞬、静まりかえる。

 そして。

〈……え?〉
〈い……今なんと?〉
〈賠償? そ、それは、おいくらで……〉

〈じゅ、十億フォルぅーーーっ!!?〉


 その叫びを最後に、タイムゲートは再び沈黙する。

 次なる星の海の物語まで──。