■ 少年探偵レオン

note 1.出題編 / 解決編note 2.出題編 / 解決編note 3.出題編 / 解決編note 4.出題編 / 解決編
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note 9.出題編 / 解決編特別篇出題編 / 解決編

note 6. 怪盗見参・狙われた名探偵 [出題編]

 それは、のどかな昼下がりに突然訪れた。
 ボーマンからレナの熱冷ましの薬を処方してもらって、クロードとレオン、それになぜかついてきてしまったプリシスは、ラクールへと続く街道を歩いていた。
「いー天気やねぇ」
 プリシスは歩きながら、んっと腕を上げて伸びをした。
「なんかこれでもかってほど、平和やねぇ」
「……なにババくさいこと言ってんだよ」
 隣のレオンが呆れたように言うと、プリシスはむっとする。いつもならなにか言い返してやるところだったが、このうららかな陽気に怒る気も失せたのか、すぐに余裕の表情をつくってそっぽを向いた。
「あーあ。こんないー天気なのに、陰気くさいったらありゃしない。頭の固いオコチャマには風情ってモンがわかんないのかねぇ。かわいそうに」
 ひとりごとのような素振りで言ってはいるが、どう解釈してもレオンへのあてつけにしか聞こえない。
「なんだよっ。いちいちうるさいな」
 一方のレオンは真っ向から突っかかってくるが、そこから先の言葉が思いつかない。
「だいたい、なんでお姉ちゃんがついてきてんだよ」
 話を逸らすことでどうにかこの場をやり過ごす。
「別にいいじゃんよ。どこに遊びに行こうがあたしの勝手でしょ」
「遊ぶのは構わないけど、レナがまだ寝込んでいるんだから、あんまり騒がないでくれよ」
 クロードが言うと、プリシスはまっかせなさい、と胸を叩いて自信たっぷりに答えた。
 レオンはひとり、ため息をついた。どうもこの少女が近くにいると調子が狂う。よく一緒に旅ができたものだと改めて思った。
 レオンはそこでふと顔を上げて、前を見た。道の先に誰かが立っている。頭のてっぺんからつま先まで真っ黒の、黒ずくめの男だ。レオンと目が合うと、男はニヤッと笑ったような気がした。
「ねえ。あれ誰だろう?」
「え?」
 クロードとプリシスが同時にそちらを見る。そこには既になにものの姿もなかった。
「誰もいないじゃないか」
「あれ? おかしいな。さっきまで確かにそこに……」
「寝ボケたんじゃないの~? まっ昼間からバッカみたい」
「違うっ! そんなんじゃな……うわっ!」
 いきなり目の前にカードのようなものが飛んできて、驚いたレオンは思わず尻餅をついた。カードはレオンの頭上をかすめて、くるくると回転しながらトンビのように弧を描いて高々と舞い上がる。
「なんだ、あいつは?」
 クロードが指差したのは、道の脇に生えていた一本の樹の上。木の葉の間から突き出た太い枝に、さっきレオンが見たのと同じ恰好をした男が立っていた。男は自分の目の前に飛んできたカードを白いシルクの手袋を填めた手で受け取った。そして、樹の下の三人を見下ろす。
「驚かせてしまったかな。いや、どうにもこれは性分なのでな。勘弁してくれたまえ」
「なにさ、あの暑苦しいヤツは」
 炎天下の中、あの黒ずくめである。確かに見てるだけで暑苦しいことこの上ない。
「まあそう言わんでくれ。わたしも昼間にこうして現れるのは珍しいことなのだ……とうっ!」
 男は意味のない掛け声とともに樹から飛び降りて、ふわりと三人の前に降り立った。
「怪盗633B。予告通りここに見参」
「怪盗……なに?」
 レオンは訝しげに男を見る。黒のシルクハットに黒マント。そして、いかにもな雰囲気を醸している黒のマスク。見るからに怪しい。
「予告って何のことだ? いきなり僕らを襲ったりして、何のつもりなんだ?」
 クロードが油断なく身構えながら、怪盗633Bと名乗った男を睨む。
「今日はそこの少年を迎えに来たのだよ」
 633Bの視線の先にあるのは、レオン。
「あんた、あのヘンなやつと知り合いなの?」
「知らないよっ」
 プリシスに言い返してから、レオンは怪盗に向き直る。
「ボクを迎えに来たって、どういうことだよ」
「察しが悪いな。私は怪盗だと名乗ったはずだが? 気に入ったものは必ず自分のものにする。そう、たとえそれが可愛い少年だったとしても、な」
「げ。もしかして」
 プリシスが顔をひきつらせた。クロードも不審そうに眉を寄せている。
 レオンは……まだ理解しきれずに、困惑していた。
「さあ。舞台は整った。後は主役である君を迎え入れるばかり……」
「……なんか……そのセリフ……」
 以前どこかであったようなシチュエーションに、クロードは首をひねった。が、今はそれどころではない。
「そうはいくか。怪盗だっていうならこっちも手加減はしない。とっ捕まえて牢屋行きにしてやる」
「ふっ。君には無理だよ。私は捕まらない」
「ぬかせッ」
 クロードが剣を抜くやいなや、怪盗に斬りかかった。633Bはまったく動じることもなく、突進してきた牛を避けるかのごとくマントを翻して、ひらりと避けた。そして空中に舞い上がるように跳躍すると、懐から三枚のカードを取り出し、指に挟んで一気に投げつけた。
 三枚のカードは的確に三人を狙ってきた。クロードは剣を振ってカードをはじく。きぃんと甲高い音を立ててカードは地面に落ちた。レオンを狙った一枚は彼の足許に突き刺さり、もう一枚はプリシスの目の前をかすめて横の木の幹に刺さった。カードはなにかの金属でできているらしく、縁は刃物のように研ぎ澄まされている。
 クロードが633Bの攻撃をやり過ごして、ふと空中を見上げると、そこに彼の姿はなかった。
「あっ!」
 プリシスの声に振り返ると、633Bはいつの間にかレオンを背後から抱きかかえるようにして立っていた。当のレオンも何が起こったのかわからずに目を丸くして、硬直している。
「ふふ。捕まえたよ。愛しの子猫くん」
「こ……こねこ!?」
 そう呼ばれたレオンは怒るのを通り越して、寒気がした。
「くそっ。レオンを放せ!」
 クロードは剣を突き出して633Bを脅す。だが相手は悠然と構えて、微動だにしない。彼はその腕の中にレオンを収めている。うかつに手は出せないことを、わかっているのだ。
「この勝負は君らの負けだ。少年は私が貰い受ける」
 633Bの足が地面から離れ、するすると宙に上っていく。そこでようやくレオンは我に返った。火のついたように633Bの腕の中で暴れだす。
「やだっ! 放せよっ!」
「おやおや。さっきまであれほど素直だったのに……仕方ないな」
 そう言って、633Bはマントでレオンの身体を包み込むようにすっぽり覆い隠した。そして次に広げたときには……少年は消えていた。一瞬にして。
「なっ――!?」
 クロードは我が目を疑った。だが、確かに先程まで怪盗の腕の中にいた少年は、彼らが見ている前で忽然と消えてしまった。
「ちょっと、レオンをどこにやったのさ。この変態!」
「変態とは失敬だな。……まあいい。案ずるな。子猫くんは無事に我が屋敷に送り届けたよ」
「送り届けたって……あんた、何者なんだ?」
 空中に浮いたり人を消したり、とても常人のなせる業とは思えない。
「ただの怪盗だよ」
 633Bはぞんざいに答えた。その問いが気に入らなかったようにも見える。
「さて。私はこのまま立ち去ってもいいのだが……せっかくだから、君らに最後のチャンスをやろう」
「チャンス?」
「ラクールで待っている仲間のところに帰りたまえ。私からの招待状が届いているはずだ。それを読み、ちゃんと屋敷に辿り着くことができれば少年は返してあげよう。……ああそれから」
 と、633Bは地面に刺さっているカードを指で示して。
「その三枚のカードは持っていたほうがいいだろう。……ふふ。それでは、ごきげんよう」
 633Bが空中でマントを翻して背を向けると、青空に溶けこむようにして彼の姿も消えた。クロードとプリシスは、狐につままれた思いで茫然と空を眺めていた。
 ふとクロードは足許に落ちているカードに視線を落とした。拾ってよく見てみると、それはただのカードではなく、トランプだった。ハートの4。裏にはなぜか時計盤が描かれている。
「くそっ。ふざけた真似を……」
 トランプを持つ手を震わせながら、クロードは苦々しげに言った。

 途中でなぜだか頭がクラクラして、目の前が真っ黒になった。怪盗とクロードたちがなにか言い合っているのが聞こえる。けれど、体が重くて口を開くのも億劫だった。そして、眠りはどんどん深くなり、どうしようもなくなって、そのまま意識を手放した――。
「……ん?」
 心地よさを感じながら、レオンは目を覚ました。あまりにも気持ちがいいから、なかなか微睡みから抜け出せないでいた。ふわふわと柔らかいベッドの中で……ベッド?
 レオンは飛び起きた。そして自分の置かれた状況を確認する。
 そこはやはりベッドの上だった。しかもかなり豪華な、というより趣味の悪い。四隅に支柱が立っていて、その先端に渡された鉄の枠からレースのカーテンが張られている。
 レオンは上半身を起こした恰好のまま、ずるずるとベッドの隅に移動する。このベッド自体が発している異様な雰囲気に、完全に呑まれていた。ちなみにベッドはセミダブルで、枕は二つ置いてある。それがなにを意味しているのかは、理解できずともなんとなく推し量ることはできた。
 部屋の扉が開いて、誰かが入ってくる。もちろんあの黒マスクの男。やはりここは奴の屋敷なのだ。レオンはため息をついた。
「お目覚めかね、子猫くん」
「なんだよっ。ボクをどうしようってんだよ。つーか子猫って言うのやめろっ!」
 まくし立てるレオンをまったく気にせずに、ベッドの脇に立ってカーテンを開ける。
「ふふ……怯える姿もなかなかに可愛い」
「だっ、れが怯えてなんかっ!」
 レオンはベッドのスプリングを利用して飛び跳ね、立ち上がった。そして精一杯の威し文句を言う。
「ボクの実力を知らないわけじゃないよね。逃げるなら今のうちだよ」
「ん? 呪紋でも唱える気かね? よろしい。派手なのを一発頼むよ」
「ぐ……後悔すんなよ」
 レオンはすぐに手を突きだして口を開く。
「ディープフリ……あっ!」
 あと一息というところで、633Bが詰め寄ってきてレオンの腕をつかんだ。633Bはそのまま、無駄のない動きで腕をベッドの支柱に回すと、懐から手錠を取りだしてもう片方の腕につないだ。支柱を背にして後ろ手に手錠をかけられたレオンは、そこから一歩も動きがとれなくなってしまった。
「おや、呪紋を唱えるのではなかったのかね? さあ、やってみせてくれたまえ」
「ちくしょう。卑怯だぞっ!」
 両手を封じられては呪紋など唱えられるはずもない。唯一自由な足をばたつかせて叫ぶが、怪盗はさも楽しげにその様子を眺めている。
「落ち着くまでしばらくそうしていたまえ。いずれにせよ躾は必要だろうがな……ふふ。楽しみだよ」
 そう言って、633Bは部屋を出ていった。ぱたりと閉められる扉を、レオンは悔しげに睨みつけていた。

「ベッドで横になってたら、いきなりそこの窓から正装した男の人が現れたの。それで、これを……」
 ボーマンお手製の熱冷ましを飲んで、いくらか顔色も良くなったレナが差し出したのは、一枚の封書。宛名は書かれておらず、裏には「怪盗633B」のサインがあった。
 クロードは封筒を手で破って中の手紙を取りだした。文面は流暢な崩し字で、こう書かれていた。

招待状
 やあ諸君。怪盗633Bだ。予告通り招待状を麗しき少女に手渡しておいたので、よく読んでほしい。
 さて、この度は私と子猫くんとの挙式の日取りが正式に決まったので、ご報告しよう。
 日時は三日後の午後十時。我が屋敷にて執り行う。
 屋敷の場所は同封しておいた地図にてご確認いただきたい。……特定できればね。ふふ。
 出席がかなわない場合は、君らの子猫くんは永遠に帰ってこないものと思いたまえ。
 それでは。きっと素晴らしいイヴェントになることだろう。

「挙式って……やっぱり変態じゃん!」
 プリシスが叫んだ。
「タチのいい変態かタチの悪い変態か……どっちなのかはわからないけど、とにかく一刻も早くレオンを取り返さなくちゃ」
 クロードの手紙を握る手に力がこもる。
「地図ってこれのことかしら……でも、これって……」
 レナが封書に入っていたもう一枚の紙を広げて二人に見せた。それはここラクールの市街地図だった。
「屋敷はラクールにあるのか?」
「でも、この地図には印のようなものは何もついてないのよ。これじゃあどこに屋敷があるのかわからないわ」
 ラクールはエクスペル最大の都市である。しらみつぶしに街を探索して回ることなど到底不可能だ。
「どーゆうコトさ。この地図で確認しろって言ってるクセに、目印をつけ忘れたの?」
「……いや、これはわざとだろう。僕らにこの謎を解かせようとしてるんだ」
「謎……って言ったって、これだけじゃ謎もなにも、まったく手がかりがないわ」
「手がかりはあるさ」
 クロードが目をつけていたのは、地図の両端に記されてる四つのマーク。この地図は縦横に座標線が引かれている。ラクールの街は城を中心として扇状に広がっているので、座標線もそれに合わせて、扇の骨組みのように走っている。 座標 「たぶん、これが何かのヒントになっているんだろう」
 そう言って、ポケットからあの三枚のカードを出した。横軸の端に描かれた四種類の見慣れたマーク。そして縦軸の端にも1~13までの数字が刻まれている。
「この座標軸が、トランプに対応してる?」
 三枚のトランプは、それぞれスペードの2、クローバーの9、そしてハートの4だった。そして裏側には時刻を示した時計盤。よく見るとその下には意味ありげな番号も刻まれている。 トランプ  しかし、手がかりはそれだけだった。はたしてこれだけの手がかりで屋敷の位置を割り出すことは可能なのだろうか。
「僕にこの謎が解けるのか……?」
 クロードは歯を食いしばった。解かなければならない。今頃不安な思いをしているであろう、レオンのために。

----- ここからヒント -----

「なに、ヒントが欲しいだと?
 私としては、あの三枚のカード以外にヒントを与えるつもりはなかったのだが……さて、どうしようか。
 まあ、このまま諸君があっさり諦めてしまうのもつまらないからな。よろしい。これが本当に最後のチャンスだ。もう一枚だけカードを提示しておく。前の三枚を含め、この四枚のカードから解答を導き出してくれ。 4枚目トランプ  ついでに少しだけアドヴァイスを与えよう。四枚のカードの裏には時計と意味ありげな文字が書かれている。まずは『3-A』『1-P』『4-P』『4-A』という文字が何を意味しているのかを考えることだ。それを解く鍵は招待状の中にある。数字、記号、そして時計。これら三つの要素がどういう規則で関連しているのか、それに気づけばもう答えは出たも同然だ。
 くれぐれも頭の中だけで解こうとしないように。まずは紙に書いてみることだ。
 ……ふふ。少々喋りすぎてしまったかな。このくらいにしておこう。
 それでは。式の準備で忙しいのでな。私はそろそろ失礼する。
 期待しているぞ」


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