■ 少年探偵レオン

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特別篇 [出題編]

 めは~ら~みか~。
 めは~ら~みか~。

 青空に、奇妙な掛け声が響き渡る。
 岩肌が剥きだしの険しい山。その麓の平原に、二列に並んだ集団が歩いている。
 ざっと見て三十人はいるだろうか。男も女も若者も老人も、一様に朱色のマントを羽織り、赤い鍔のない帽子をかぶっている。帽子の前の部分には丸い目玉と昆虫の触角のような飾りが一対ずつ、何かの冗談のようについていた。

 めは~ら~みか~。
 めは~ら~みか~。

 彼らは呪文のような言葉を唱えながら、平原を横切る。その先には、巨大な建物があった。
 入口に立っていたのは、やはり同じ格好の者。一団が手前で立ち止まると、両開きの堅牢そうな扉を押し開ける。彼らは一歩ずつ地面を踏みしめるようにして入口を潜り、その中へと入っていく。
 全員が建物の中に消え、扉がゆっくりと閉められた。扉の上には、仰々しい看板が掛かっている。
 そこには無機質な文字で、こう書かれていた。

『スペース・ロブスター教会』

「スペース・ロブスター教会?」
 クロードが聞き返すと、ボーマンはカウンターに頬杖をつきながら応じた。
「それが、そいつらの正式名なんだとさ」
 彼らはリンガの街にあるボーマンの店を訪ねていた。カウンターの前にはクロードとレナ、そしてレオン。加えて、彼らのことを聞きつけたプリシスと、「たまたま」リンガに来ていたアシュトンもその場にいた。
「なんでお前らまでいるんだよ」
「いーじゃん、別に。どうせお客なんて来ないんでしょ。なんか面白そうだしさ」
 店の棚を眺めていたプリシスはそう言うと、カウンターの隅に腰掛けてクロードの方を向いた。
「そんで、クロードたちはその変なヒトたちを調べに来たの?」
「ん、ああ。ラクール王から直々に頼まれてね。いかがわしい宗教なのかどうか、調査してきてくれって」
 クロードはそう言って、横のレオンをチラッと見た。案の定、少年は不貞腐れている。
「ふーん。ま、いかがわしいかどうかって言ったら、間違いなくいかがわしいと思うけど。だって、エビだよ、エビの神様。笑っちゃうよ」
「教祖はけったいなジジイだって話なんだが、何でも『全宇宙は一匹のエビによって掌握されていて、自分はその代弁者である』んだってよ」
 プリシスとボーマンが口々に言う。
「リンガではけっこう噂になっているのね」
 レナの言葉に、そりゃそうだよ、とプリシス。
「この街でも信者になっちゃった人いるし。こないだもオヤジの知り合いの金物屋のおっちゃんが泣きながら駆け込んできてさ。せがれが『教祖に家の金ぜんぶ寄付するからよこせ』って迫ってくるんだって」
「正確には寄付じゃなくて『喜捨』だな。アカデミーの学生にも信者になっちまった奴がいて、問題になってるらしいぜ」
「一体どんな信仰なんですか? エビの神様にそんな魅力があるとは思えないんだけど……」
「信仰はよく知らんが、悩み相談に行った奴なんかが教祖の『奇蹟』を目の当たりにして、コロッと信じ込んじまうみたいだな」
「奇蹟?」
「なんか、教祖のじーちゃんが浮いたとか空飛んだとか、心の中を言い当てたとか」
「うわあ、それは……」
 ますますもって、いかがわしい。
「相談に来る人たちはみんな切羽詰まってるからさ、そういうのにすがりたくなるんだよ」
「……わっかんないな」
 ようやく、レオンが口を開いた。まだ機嫌は悪そうだが。
「なんでそんなインチキに騙されるんだか。トリックがあるに決まってるじゃないか」
「お。それじゃ、あんたならそのインチキを見破れるっていうの?」
「当然だね。一目見れば一発だよ」
 澄まし顔の少年を見て、プリシスは含みのある笑みを浮かべる。
「よーし。んじゃ、あんた教祖のトコに行ってきてよ」
「え?」
 レオンが振り向くと、少女は指をこちらに突き出し、挑戦的な目でこちらを見据えていた。
「あんたがそのナントカ教会に乗り込んで、インチキを暴いてみせるの。あたしが見届けてやんからさ」
「な、なんでそんなこと……」
「なーに、簡単に見破れるんでしょ。それとも自信ないん?」
「! ……わかったよ、行けばいいんだろ!」
 自棄っぱち気味に言うレオンに、そうこなくっちゃとプリシスはにんまり笑う。
「おいおい、そんな勝手に決めるなよ。……まあ、どのみち調査はしなきゃいけないんだけどさ」
 まだ睨み合っているふたりの間で、クロードは頭を掻く。
「とりあえず、行くなら僕とレナも同行するよ。どうするかはレオンが決めてくれ。一応調査班の責任者なんだから」
「一応は余計だっ」
 クロードにそう言い返してから、レオンは腕を組む。周囲を見回すと、全員が自分に注目していた。気は乗らないが、断れる雰囲気ではない。
「……行くよ。エビの大便だかなんだか知らないけど、化けの皮をはがしてやる」
「『代弁者』な。大便じゃなくて」
 クロードが訂正する。
「けど、相手は得体の知れない組織だぜ。教祖を信じきってる信者もいるし、真っ向からぶつかるのはちと危険な気がするな」
 ボーマンにしては慎重な意見だった。クロードは意外そうに彼を見て、それから頷いた。
「そう……ですね。教祖たちはともかく、信者は街の人だから手荒なことをするわけにはいかないし……」
「いーじゃん。一発殴ってやれば、きっと目が覚めるよ」
「……心優しきレディなんだから、そんなこと言ってはいけません」
 クロードに窘められて、ぶうと頬を膨らませるプリシス。
「それなら」
 と、突然レナが声を上げた。
「私にいい考えがありますよ」
 妙に楽しそうに言う彼女に、レオンは嫌な予感がした。そう、以前もこのパターンで酷い目に遭っていたのだった。
 そして、やはり予感は的中する。少年の受難、ここに再び。

 リンガの聖地のほど近く、街道の外れの平原に、建物が三つ並んでいる。
 向かって左にある建物が最も小さく、右端が最も大きい。いずれも直方体の箱のような形で、弧状の屋根がついている。建物を隔てた先には大きな看板のような板が立っていたが、街道側からはよく見えない。
「もう三ヶ月くらい前になるかな。いきなり連中がやってきてさ、あの変なハコを建てて勝手に住みだしたんだ」
 プリシスが説明する。
「教祖はどこにいるんだろう」
「あっちの一番小さいハコが、教祖の家だって話だよ。事務所にもなってるらしいから、そこに行けばいいんじゃないかな」
「そうか。……よし、みんな準備はいいか?」
 クロードが振り返って確認する。
「大丈夫よ」
「おっけー」
 レナとプリシスが応えた。クロードも含めて三人は、白いローブのような布を纏っている。
「ち、ちょっと待ってよ」
 アシュトンが慌てて口を挟む。彼だけはいつもの格好である。
「なんで僕まで行かないといけないんだよ」
「あんたは『マナ板の上の鯉』なの。教祖に悩み相談して、奇蹟を起こさせる役。あんたなら演技しなくても地でいけるし。適役でしょ」
「うへえ」
 と、うなだれるアシュトン。
「それじゃあ作戦開始だ」
 五人は、左の小さな建物へと歩き出した。

「ええと、どちら様……!」
 入口で応対した信者の女性は、その集団を見て絶句した。
 真っ白い布に身を包んだ者たちが、目の前に佇んでいる。背後には龍を背負った長身の男と、やはり白い布を頭から被った子供らしき姿もあった。
「『スペース・ロブスター』の本部はこちらでよろしかったですかな」
 ローブの男が進み出て、女性に尋ねた。
「は、はい。確かにそうですが、あなた方は……」
「失礼。我々は『ネコノカミ』を信奉する『ニャポーン教』の信徒です」
「にゃ、にゃぽ?」
 女性は目を白黒させる。
「この地には巡礼で訪れたのですが、風の噂でこちらの教団のことを知りましてね。何でもエビの神を崇めているとか」
「え、ええ。宇宙を統べる『スペース・ロブスター』。教祖様はその代弁者として、数々の奇蹟を顕示なさっております」
 ようやく彼女も平静を取り戻し、普段の説明に入る。
「教祖様は悩む人の心を見通してくださいます。教祖様の前ではすべての懊悩はたちどころに浄化され、清らかな心を取り戻すことが出来るのです」
「その話も存じています。素晴らしい能力だ。我らの巫女にもできないことです」
「巫女?」
「はい。こちらにおわすのが我らが神の使い『ネコノミコ』にございます」
 そう言って彼は横に退いて、背後に隠れていた者に頭を垂れた。別の信徒らしき少女によって、頭を覆っていた布が外される。
 そこにいたのは、水色の髪の少……女、であった。ぶかぶかの袖がついた白い上着に、踝までの緋色のスカート。腰の帯は胸の下でリボンのように結わえられている。
 何故か顔を真っ赤にして俯いている巫女の頭からは、一対の猫の耳がピンと突き出ていた。
「猫の……巫女?」
 女性はその耳をまじまじと眺めている。
「はい。神の使いである巫女様は、その霊験あらたかなお力でもって、多くの人々を救って参りました。しかし、ここに巫女様のお力をもってしても救えない者がおりまして」
 と、ローブの男が別の男を前に出す。
「この者は、龍の呪いでこのような姿になってしまいました。そればかりか、次々と原因不明の不幸や災難に見舞われているらしいのです。それで巫女様に助けを求めてきたのですが、正直なところ、我々の手には負えません。どうしたものかと困り果てていたところ、こちらの噂を聞きまして」
「おっ、お願いします。僕を救ってください。お礼は何でもしますからっ」
 龍を背負った男が両手を合わせて懇願する。顔は青ざめ、額には玉の汗が浮いている。確かに呪われているようだ。
「……わかりました。こちらへどうぞ」
 女性はそう言って、最も大きい建物の方へ歩いていった。ニャポーンの一団も後からついてくる。最後に足を踏み出した猫耳の巫女が、スカートの裾を踏んで前のめりに転んだ。

「ふう。なんとかバレずに済んだな」
 クロードが安堵の息をついた。レナとプリシス、アシュトン、そして巫女の格好をしたレオンもその場に集まる。
 彼らは信者の女性の案内で、大きな建物の中に通された。教祖の瞑想が終わるまでここで待つように、とのことであった。
「レオン、派手にコケてたけど大丈夫か?」
「……っ! 大丈夫だよっ」
 慌てて擦りむいた手を袖の中に隠す。
「それより、なんで女の服なんだよっ。神の使いだからって、別に『巫女』じゃなくてもいいじゃないか」
「いいじゃない、似合ってるんだし。どうせやるなら可愛いほうが楽しいでしょ」
「ボクは楽しくないっ」
 そう言い返したが、レナは嬉しそうに笑っているばかり。仕方なく、頭を掻きながら用意された折り畳みの椅子にどかりと腰掛ける。
「だけど、本当に変わった建物だよな」
 クロードも隣に座って、辺りを見渡す。
 建物の内部はまさしく『箱』だった。間仕切りは一切なく、だだっ広い空間が広がっているのみ。五、六百人は軽く収容できるだろうか。明かり取りの窓は天井の一部と背後の壁上部のみで、昼間でも少し薄暗かった。
「なんだろ。信者を集めて説教でもする場所なんかな」
「多分ね」
 正面の壁際は床が一段高くなっている。おそらくあの場所に教祖が上がって説法するのだろう。奥の壁には二枚の巨大な肖像画が飾られていた。教祖のものかと思いきや、描かれているのはどちらも若い男女であった。正面から見て右側が精悍な坊主頭の男、左側は端整な顔立ちの女。肖像画の下には紙が貼ってあり、それぞれ『美男の象徴 EBI-ZO』『美女の象徴 EBI-CHAN』と説明が書かれていた。
「……………………」
 なんとも言えない空気が漂いかけたとき、突然背後の扉が開いた。
「どういうつもりだ。今すぐ教祖に会わせろと言ってるでしょうが!」
「ですから、しばらくこちらでお待ちくださいと……」
 先程の女性信者が、初老の男と何やら言い争っている。白衣を羽織り、白髪まじりの短髪の男は、彼女に押し込まれるようにして建物の中に入る。
「間もなく教祖様の瞑想が終わります。ですから、もうしばらく……」
「瞑想? 嘘おっしゃい。いったい何を仕込んでる?」
 女性は男の言葉を無視して、こちらにやって来る。
「皆様も、今しばらくお待ちください。瞑想が終わりましたらすぐに接見いたしますので」
 と、彼らの前の机に、抱えていた瓶を三本ほど置いた。中には無色透明の液体が入っている。
「どうぞご自由にお飲みください。教祖様ゆかりの有難いお水です」
 そう言うと、そそくさと扉から出ていった。
 クロードは机に置かれた瓶を手にとって、ラベルに書かれた文字を見た。
「『神の飲み物 エビ・アン』…………」
 冷たい風が、彼らの心に吹き荒ぶ。
「まったく、もう、ふざけんじゃないよ」
 白衣の男が悪態をつきながら、隣の椅子に座り込んだ。
「あの、どうかしたんですか」
 我に返ったクロードが訊ねると、男はこちらを向いて眉を寄せた。
「おたくらは?」
「僕らは……ちょっと、ここの教団を調査している者でして」
 素性を明かしていいものか逡巡したが、教団の関係者ではないと判断して、そのまま告げた。
「ふうん」
 男はクロードを見て、それから背後にいる猫耳の巫女をじろじろ見た。慌てて目を逸らすレオン。
「それで、あなたは?」
「ん、ああ。あたしはオツキィ。ラクールアカデミーの教授なんだけど」
 妙になよなよした口調で、オツキィ教授が話した。
「ここで教祖とか名乗ってるあのバカを説得しようと来たんだけど、取り合ってくれなくてね。まったく、何が瞑想だ。どうせ昼寝してるだけなんだろうよ」
「教祖をご存知なんですか?」
「知ってるも何も、五年前まで同じアカデミーの研究室にいたのよ」
 エビ・アンの瓶を取ってひとくち飲んでから、続ける。
「それが、何も言わずに突然アカデミーを辞めて姿をくらまして。随分心配したのに、やっと戻って来たと思ったら、エビの教祖とか言って変なこと始めた。もうね、アホかと。バカかと」
「教祖が、アカデミーの研究者だった?」
 クロードが聞き返したとき、再び背後の扉が開かれた。
 立っていたのは、老人だった。何枚ものローブを重ねて羽織り、やはり目と触覚のついた帽子をかぶっている。
 老人は背後に男の信者をふたり従えて、ゆっくりと歩いてくる。
「めはら~みか~」
「めはら~みか~」
 信者が祝詞のような言葉を唱えながら、三人はクロードたちの横を抜けて、正面の壇に上がった。
「ようこそ、偉大なる『スペース・ロブスター』の本部へ」
 老人はこちらを見下ろして、両手を広げながら言った。
「何がスペアリブだ。高い所から偉そうに」
 教授が席を立って激高すると、老人はニタリと笑って。
「おや、オツキィ先生。性懲りもなくまた来たのですか」
「何度でも来るよ。あんたがこんなバカらしいことをやめるまでね」
 教授は老人を鋭く睨みつける。やはりこの老人こそが教団の教祖のようだ。
「まあ、先生とは後でゆっくりお話しするとして、そちらの御用事は?」
「え、ああ、はい」
 クロードが慌ててアシュトンを前に出す。
「こちらの不幸な人間を救ってほしいのです。我が『ネコノミコ』でも手がつけられないほど業が深いようで」
「ほう、そちらの方が」
 と、教祖がアシュトンに視線を向ける。不幸な青年は顔面蒼白で、額には脂汗が浮いていた。
「なるほど、確かに大いなる災いが憑いているようだ。赤と青の」
「そのまんまじゃないか」
 レオンがぼそりと呟いた。
「よろしい。『スペース・ロブスター』の名の許に、代弁者たる私が貴方を呪縛から解放してさしあげましょう」
「おっ、お願いしますっ」
 アシュトンが震えた声で言った。演技というより単に緊張で舞い上がっているだけなのだろうが、傍目にはそれが本当に呪われているように見える。なるほど確かに適役である。
「それでは、こちらへ」
 信者のひとりが壇のすぐ手前に椅子を置く。別の信者に促されて、アシュトンがそこに座る。
 そして霊視が始まった。

「偉大なる『スペース・ロブスター』が、貴方の内に潜む闇を照らし出しています」
 EBI-ZOとEBI-CHANの肖像画の前で、教祖が両手を前に突き出して瞑目する。
「……ふむ。見えました」
 そう言うと目を開き、おもむろに続けた。
「貴方の悩みの中心はその背中の龍にある。しかし、それだけではない。そうですね?」
「は、はい」
「家族のこと。それも……親」
「はいっ。そ、そうです」
「貴方の両親は……そうですか、クロス西方の小さな村にお住まいなのですね」
「なっ、何でそれをっ」
 うろたえるアシュトン。教祖は薄く微笑を浮かべ、それから再び言葉を紡ぐ。
「ご両親が貴方に何か言っている光景が見えます。小言のような……」
「そ、そうです。親にこれからのことについて色々言われて」
「結婚のこと」
「うへっ! そ、その通りです。早く結婚しろってお見合いの話を持ちかけられて……」
「しかし貴方は迷っている。……ほかに想い人が」
「わっ、そ、それはっ」
 思わず腰を浮かしかけたが、信者に制されまた腰を落とす。
「その想い人との関係は……ふーむ、なるほど、ほとんど進展していないと」
 もはや返答もできずに冷や汗を滴らせているアシュトンを見て、教祖は大きく頷いた。
「わかりました。災いの根源はそれです」
「え?」
「貴方のその迷いが、災いを引きつける源となっているのです。迷いを断ち切れば貴方は解放されます」
「ほ、本当ですか」
「もちろん。見合い相手か想い人、どちらかを潔く諦めるのです」
「ええ、そ、そんな。どうしたら……」
 教祖は眼を細めてアシュトンを見つめる。まるで彼の心の内を見透かすように。
「……見合いの相手から、大きな負のオーラを感じます。こちらを断るのが良いでしょう」
「は、はいっ。ぜひそうします! ありがとうございました!」
 すっかり感化されたアシュトンは、床に跪いて深々と頭を垂れた。
「……なんか、また信者が増えちゃったみたいだけど」
 プリシスが呆れたように呟いた。視線の先には、教祖にひれ伏すアシュトンが。
「アシュトンも少しは疑うってことをしないもんかな。完全にあっちのペースじゃないか……」
 クロードが首を捻った。ま、それがアシュトンだし、とプリシス。
「でも、霊視はけっこう不思議だったわね。ほとんど言い当ててたし」
「あのね……」
 レナの言葉にレオンが口を開きかけたとき、いきなり横のオツキィ教授が席を立った。
「もういい。茶番はおしまいだ。こんなのは奇蹟でも何でもない。ただの下らないペテンだ」
 つかつかと歩み寄る教授を、無表情で見下ろす教祖。
「ペテンとは心外ですな。私は確かにこの方を救ってみせたではないですか」
「あんたは当たり前のことを言ってただけだ」
 茫然とするアシュトンの横で、教授が反論を始めた。
「人の悩みなんてのは、大抵家族が絡んでくる。最初にそこから切り込んで、後は相手の反応を見ながら少しずつ掘り下げていけばいいだけだ。霊視が聞いて呆れるよ」
「だけど、アシュトンの両親の住んでる場所を言い当てたのは?」
 レナが聞くと、教授はアシュトンを見て。
「ひとつ聞くけど、あんたはここ数日の間に、誰かに家族のことを聞かれたりしなかった?」
「ええ……あ、そういえば」
 困ったような顔をしながら、アシュトンが答える。
「一昨日リンガに来たとき、アカデミーの学生からアンケートに答えてくれって頼まれて、そのとき家族のことも色々話したけど……」
「それは学生じゃないね。ここの教団の信者だ」
「えっ!?」
 アシュトンが目を丸くする。教授は再び教祖に目を向けた。
「あんたは信者を使って、付近の街の人たちの情報を集めているんだよ。相談に来たときの参考資料にするためにね」
「証拠もないのに、よく言いますな」
「調べはついてるんだよ。アカデミーではこの一週間、どの研究室や講義でもアンケート調査なんてやってない。けれどアンケートを受けたっていう住人はたくさんいる」
「で、でも、お見合いの話とかはアンケートで言ってないよ」
「それもちょっとした推理だよ。あんたが先に『これからのことについて言われた』って答えたろ。あんたくらいの年頃で『これからのこと』なら、結婚に決まってる。お見合いの話は自分で喋ってしまっただけ。そして悩んでるのだから、他に好きな人がいることになる。後は適当に相手が喜びそうなアドバイスをしてやれば、一丁上がりだ」
 ぐうの音も出ず、うなだれるアシュトン。
 最後に教授は挑発するように教祖を睨んだ。
「何か言いたいことは?」
 教祖は無言で見つめ返していたが。
「……まあ、いいでしょう。貴方がそう思いたいのなら、ね」
 呟くように言うと、ニタリと笑った。そして壇を下りる。
「おい、何だ、逃げるのか」
 教授の言葉を無視して、入口へと向かう。その途中でクロードたちを振り返って。
「せっかくお越しいただいたのだから、皆さんには今一度、私の『奇蹟』をご覧いただきましょう。申し訳ないが、しばしお待ちを」
 そう言うと、信者が開けた扉から出ていった。そのとき、もうひとりの信者が一抱えほどある壺を扉の前に置いていった。
「? なんだ?」
 信者が去った後、クロードが壺に近づいて覗き込む。中には水が入っていた。
「コレのおかわりなんじゃないの~?」
 プリシスがエビ・アンの空き瓶をつまんで揺らしながら言った。
「うーん、そうなのかな」
 首を傾げながら、クロードが戻ってきた。
「それにしても、奇蹟を見せるって言ったのに、一体どこ行ったんだろうな」
「どうせまたセコい仕掛けの準備でもしてるんだろうよ」
 オツキィ教授が悪態をつく。
「レオン、どうしたの」
 レナが隣のレオンを見た。少年は机に突っ伏していた。
「なんか頭が重い……」
「あ……れ、あたしも……」
 プリシスが床にへたり込む。続いてレナ、そしてアシュトンと教授も。
「ま、まさか……あの壺……っ」
 ひどい目眩の中、クロードがふらつきながら壺に近づく。だが、その手前であえなく倒れた。
 視界が暗くなり、そしてゆっくりと閉ざされる。抗う間もなく、意識は深い淵へと落ちていった。

 ────────……。
 …………、ん、……れ?
「う……」
 クロードが身体を起こした。鋭い頭痛にこめかみを押さえる。
「みんな、大丈夫か?」
 周囲はすっかり闇に包まれていた。一体どのくらい倒れていたのだろう。今夜は月も出ていないらしく、窓から差し込む明かりも光源には乏しい。うっすら浮かぶ輪郭を頼りにレオンたちを探し当て、揺り起こす。
「ったく、何なんだよ……」
 レオンが机にしがみつきながら立ち上がった。レナとプリシス、そしてアシュトンも無事のようだ。
「いったい、どうなったの?」
「壺の中に、睡眠薬でも仕込まれていたんだろうね」
 起き上がろうとするレナに手を貸してやりながら、クロード。
「でも、何のために?」
「そんなの知んないよ。それより気味悪いから、とっとと出ようよ」
「……そうだな」
 彼らは入口のところまで歩いた。まだ具合の悪いレナをクロードが、レオンはプリシスがそれぞれ支えて。
「ほら、しっかり歩けってば。情けないなー」
「うるさい……耳元で喋るなって……」
 文句を言うレオンの声も弱々しい。よく見えないが顔色も悪そうだ。
「うわっ。そんな、どうしよう」
 先を行っていたアシュトンが、扉の前で声を上げた。
「どうした?」
「開かないよ、扉」
「ええっ!?」
 クロードも試しに押してみたが、びくともしない。
「駄目だ……。たぶん、外から鍵が掛かっている」
 くそっ、と拳で扉を殴るクロード。鉄製の扉は頑丈そうで、ぶち破るのは難しそうだ。
「なんだよ。うちらを閉じ込めて、どういうつもりなんだよ」
「ねえ、そういえばオツキィさんは?」
「え?」
 レナの言葉にクロードが振り返る。そのとき、視界に奇妙なものが映った。
 壇の上に、炎がふたつ、揺れている。いや、あれは松明? ローブ姿の信者の姿が、ぼんやりと浮かび上がる。そして、その中心にあるのは。
「なっ!」
 クロードが叫び、そして言葉を失う。全員が振り返り、気づいたとき、それは始まった。
 めはら~みか~。
 めはら~みか~。
 例の呪文のような言葉が建物の中に響き渡る。壇上では、教祖がこちらを向いて両手を広げていた。その背後には巨大な十字架と、それに磔にされた、オツキィ教授が。
「皆さん、お待たせしました。それでは私の次なる『奇蹟』をお見せしましょう」
 教祖の声が響く。十字架に縛りつけられた教授は、怯えきった目で教祖を見ている。固く猿轡をされているようで、声は出せない。
「この者の魂は悪鬼に蝕まれている。救うためには、穢れた肉体から解放しなければなりません。……ですから」
 教祖が振り返り、十字架と向き合った。そして信者から棒のようなものを渡される。鋭く尖った先端は──槍だ。
「ま……まさか」
 クロードの鼻筋に汗が流れ落ちた。不吉な予感に心臓が凍りつく。
 教祖が槍を構える。後姿で表情は見てとれないが、ニタリと笑った気がした。
「──解放を」
 教祖は、躊躇なくその腹に槍を突き立てた。ビクンと教授の頭が仰け反り、白い猿轡がみるみる鮮血に染まる。
 めはら~みか~。
 めはら~みか~。
 再び不快な呪文が建物に轟く。教授の頭はがくりと垂れ下がったまま、既に動かない。縛りつけていた紐が外され、教祖の足許に崩れ落ちる。教祖は止めを刺そうと、槍を掲げた。
「やっ、やめろおぉっ!!」
 クロードが駆け出した。すると突然松明が消され、壇上は暗くなった。教祖も十字架も闇に紛れて見えない。目標を見失い、立ち止まるクロード。
 硝子の割れる音がした。そして何かがぶつかり、砕けるような轟音。
 クロードが再び壇上へと走る。レオンも後を追おうとしたが、また裾を踏んでしまい前のめりに転ぶ。
「これは……」
 壇上は硝子の破片が飛散していた。どうやら天井の窓が割れたようだ。破片を踏みしだきながら倒れた十字架に近づく。
 そのとき、入口の扉が開いた。そこに立っていたのは。
「なっ!」
 教祖だった。松明を持った信者ふたりを従えて、ゆっくりと扉を潜る。
「そんな、どうして……」
 壇上にいたはずなのに。クロードは足許を見た。既に事切れた教授の身体が、横たわっている。確かに今ここで教授は殺された。だが、その犯人は、建物の外から入ってきた。
「解放の儀式は終わりました。オツキィ先生の魂は、救われました」
 教祖は厳かにそう言うと、ニタリと笑った。
「あ、あんた今、あっちに……」
 プリシスが壇上を指さすと、教祖は笑みを残したままこちらを向く。
「それは私ではありませんよ。偉大なる『スペース・ロブスター』が、私の姿を借りて儀式を遂行したのです」
 唖然とする彼らをよそに、教祖は高らかに声を上げて笑った。

 ──翌朝。
「さて、ページ数もあんまりないから、ちゃっちゃと進めるよ」
「また身も蓋もないことを……」
 クロードがぼやいたが、レオンは聞いていない。
「さっき一通り調べてみたけど、建物はこんな感じだね」
 レオンは手に持っていた紙を広げる。自分で描いたらしい、建物の全体図が記されていた。 建物 「昨日の夜、目を覚ましたボクたちは扉に行った。けど扉には鍵が掛かって出られなかった」
「そこで壇上の殺人を目撃する……けれど僕が駆けつけたときには教祖はいなかった。そして」
 扉が開け放たれ、教祖が登場する──。
「松明が消えて姿が見えなくなってから、教祖が扉から出てくるまでの時間は……たぶん三十秒もなかったと思う」
「その間にどうやって壇上から外に出て、扉のところまで行ったのか……」
「ふしぎやね~」
 いつの間にかプリシスも背後から紙を覗き込んでいた。レオンは一瞬ムッとしたが、構わず続ける。
「やっぱりもう一度、現場を見てみようか」
 彼らは扉から建物の中に入る。レオンは相変わらずスカートの裾を踏まないよう慎重に歩く。
「ねえ、あんたいつまでそのカッコしてんの? もしかして気に入った?」
「着替える時間がないから仕方ないだろっ」
 よそ見して歩いたら、また裾を踏みかけて倒れそうになった。
 建物の中は外よりも空気が冷たかった。教授の遺体は既に別の場所に運ばれているが、まだ微かに死の匂いが感じられるような気がした。
「あのとき、扉の前にはプリシスがいたんだよな」
「そーだよ。レナとアシュトンも。どっかの巫女さんは転んで悶絶してたけど」
「いちいちうるさいなっ」
 顔を赤くして言い返すレオン。
「ということは、教祖が暗闇に紛れて扉まで行くってのは、無理だよな」
「外から入ってきたよ。目の前で見てるんだもん」
 プリシスが断定した。
「だとすると、一体どうやって外に出たのか……」
「調べた限りでは、この建物は他に出入口はなかった。唯一考えられるのは」
 レオンは天井を指さした。割れた窓から青空が見える。
「実験してみよう」

「準備はいーよ。いつでもオッケー」
 屋根の上でプリシスが言った。手には無人くん型のストップウォッチが握られている。レオンとクロード、そしてレナも屋根の上にいた。
「じゃあ始めよう。いいね、アシュトン?」
「う、うん」
 窓から下を覗くと、壇上のアシュトンが不安そうにこちらを見上げている。
「よーい、始めっ!」
 プリシスが時計のスイッチを押した。
 屋根からロープが垂らされる。アシュトンが端をつかんで腕にぐるぐる巻きつける。
「よし、引き上げるぞ」
 クロードたち三人がいっせいにロープを引いた。アシュトンの身体が宙に浮き、するすると天井に上っていく。窓枠まで来るとクロードが手を伸ばし、アシュトンを屋根の上に引き上げた。
「ほら、急いで!」
「は、はいっ」
 アシュトンはロープを巻きつけたまま屋根を走り、縁に手をかけて宙ぶらりんになった。クロードの合図で手を放し、またロープを頼りに下りてゆく。
 地面に着いて、出入口の前に立ったところでプリシスが時計を止めた。
「タイムは?」
「三分十四秒」
 クロードはため息をついた。
「ダメだな。これじゃあどんなに頑張っても三十秒は切れない」
「天井からじゃないのかな……それなら、どうして窓を割ったりなんて……」
 建物の図と睨み合いながら、ぶつぶつ呟くレオン。それを横から見たレナが、何かに気づいた。
「ねえ、この『隙間』っていうのは?」
「え?」
 レナの指は、図の右上を示していた。
「それは、壁の隅に変な穴が空いていたんだ。でも人が通り抜けできるほどの大きさじゃないよ。頭は通っても身体は無理だった」
「ふうん」
 レナはそれで納得したようだったので、再び思考を巡らせる。
 何かあるはずだ、手がかりが……。もう一度、しっかり思い出せ……何か、見落として……。
「……そういえば」
 レオンが声を上げた。
「あのときの教祖の声と呪文、やけに響いていたよね。いくら大きな声を出しても、あんなに響くものかな」
「拡声器でも使ったんじゃないの」
「拡声器?」
 プリシスの言葉にレオンが敏感に反応した。
「うちのオヤジが作ってたよ。声とか音を大きくする装置。実験してるの見たけど、確かにあんな感じの響いた声になってた」
「ふ……ん。気になるな……」
「なんなら現物見てみる? オヤジのトコ行けばあるよ」
 レオンは少し考えてから、応えた。
「……うん。行ってみる」

「これが拡声器だ」
 プリシスの父、グラフトが机の上にそれを置いた。
「ふーん、これが、ね……」
 形は金管楽器のようだったが、メッキはされておらず白かった。中央付近に持ち手がついており、そこのスイッチを押しながら吹出し口に向けて喋ると、音が増幅されるという仕組みのようだ。
「実を言うと、これは旧型なんだがな。あいにく新型は売れてしまったので手元にないんだ」
「新型?」
「ああ。とある筋から依頼が来てな、録音機能もつけた装置を作ってくれと。つい先週の話だが」
「録音機能、というと、あらかじめ声を吹きこんでおいて、後から再生できるとか?」
「ああ。作るの苦労したぞ、ホントに」
 まさか、と思ったが、レオンは聞いてみた。
「その依頼者って、もしかして……」
「エビの教団だよ。ほら、最近話題になってる」
 レオンは再び建物の全体図を広げた。そしてニッと笑う。
「見えてきたぞ」

 レオンは例の建物の壇上──犯行現場に立っていた。壇上は信者によって遺体と硝子の破片は綺麗に片づけられ、僅かに血の染みが残っているのみだった。
「ここに、教祖の姿があった」
 巫女の姿をした少年は、そこから真っ直ぐ、反対側の壁の上部を睨んだ。窓を通して見えるのは『やめられない、とまらない』という謎のスローガンが書かれた巨大な看板。
「……わかったぞ」
 レオンは看板を見つめたまま、呟いた。そこへクロードが扉から入ってくる。手には何かが入った袋を提げている。
「レオン、持ってきたぞ」
 壇上に、持っていた袋をドサリと置いた。レオンはすぐに中をぶちまけた。割れた硝子の破片が床に広がる。
「あーあ、せっかく信者の人が片づけたのに」
「せっかく、じゃないよ。これは証拠を隠すために片づけたんだ」
「え?」
 レオンはその中から掌ほどの大きさの破片をつまんで、目の前に翳す。少年の顔の一部が、そこに映っていた。
「やっぱり」
 レオンは確信した。そして、こちら(?)を向いて。

「お前らのやってることは、全部すっぱりお見通しだ!」
「……誰に言ってるんだよ」


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