■ 小説 WILD ARMS 2nd IGNITION


Prologue 1 英雄ならざる者

 真剣に、考えていた。
 世界中のすべての人が幸福になるには、どうすればいいのかを。

 普通の人はそんなことは考えないらしい。誰かに話しても笑われるか馬鹿にされるか、どちらにしてもまともに取り合ってはくれない。下らない妄想だ、子供じみた夢物語だ、救世主にでもなるつもりなのか──。
 僕だって夢想家じゃない。それがどれほど無謀であるかはわかっているつもりだ。
 様々な国があり、身分があり、信仰があり立場がある。容姿も思想も持っている能力ちからも千差万別だ。「違い」は往々にして軋轢あつれきを生み、いさかいを生み、やがては決定的な亀裂となって──争いが起きる。そうして優劣が定まり、勝敗が決まり、幸福な者と不幸な者が生まれる。
 人間が個性を持った「人」である限り「違い」は必ず生じる。相容れなければ争いはどうしても起きてしまう。不幸は常に、世界のどこかで人々を蝕んでいる。
 それでも。いや、だからこそ僕は願う。
 すべての不幸が消えてなくなればいいのに、と。
 誰かが悲しむのは嫌だ。苦しむ姿は見たくない。それは理屈で片付けられるものじゃない。僕の──いや、「人」として生きるものとして、当然の感覚だ。
 内側から湧き起こるこの感情を、誤魔化したくはない。妥協したくない。
 だから僕は考える。本気で考えている。
 いつか必ず、世界中を幸福にする方法を探してみせる。

 たとえそれが、自らに不幸を呼び込むものだとしても──。

 立ちこめる熱気にせ返りそうだった。
 兵員輸送車両『回天』の車内。両隣の同僚と肩を突き合わせて、僕は砂っぽい底板の上に座っていた。
 定員六名の車内には自分を含めて九人。額に浮いた汗を拭おうにも腕を動かす余地すらない。膝を抱え、ぐっと口を閉ざして、汗と火薬の臭いが混じる熱気の中をひたすら耐えた。
 車は街道から逸れて、乾いた土の道を駆けている。車輪の振動が底板に伝わり時折尻を弾ませる。
 運転席の背後で身を屈めていた隊長が立ち上がり、厳めしい顔つきで隊員たちを見回した。
「間もなく我々は現場に到着する」
 腕を腰の後ろで組み、眉間に皺を寄せたまま説明を始める。揺れる車内でも微動だにしない。
「繰り返しになるが、今回の目的は人質の少年を速やかに救出することにある。犯人グループについては当然ながら逮捕が第一義であるが、人質に危害が及ぶと判断した場合は射殺も可とする──」
 言葉は聞こえているが、いまいち頭に入ってこない。熱気に上せたか、それとも緊張のせいか。
 メリアブール銃士隊に配属されたのは、つい三日前。僕にとってはこれが初めての任務だ。予備隊で充分に教練は積んできたし、戦闘もそれなりに自信を持っている。それでも初任務というものは格別の重みがある。
 ──これで生きていくのだという、覚悟。そういうものを感じずにはいられない。
 武者震いしたのを気づかれたか、左隣の同僚が小声で囁いた。
「そう堅くなるなよ、新入りさん」
 振り向くと、彼は片目を瞑って戯けた笑みを浮かべている。予備隊時代の仲間だったマルコ。銃士隊には僕より三ヶ月ほど早く配属されている。
「今回の相手は単なる金目当ての出稼ぎ労働者だ。さっさと片付けて街で一杯やろうぜ」
「あ、ああ。そうだな」
 ──僕も数ヶ月後には、このくらいの余裕が持てるだろうか。
「それに今回手柄を立てれば、新設部隊への転属があるかもって話だ。緊張してる場合じゃないぞ」
「新設部隊?」
 聞き返すと、彼はなんだ知らねえのかよと鼻白んだ。
「国家規模の任務を遂行する特殊部隊を近々新設するらしいぜ。そこに入れば、こんなチンケな仕事とはおさらばだ。活躍すれば地位も名誉も約束される。英雄様の仲間入りだな」
「英雄……か」
 そういうものに憧れていた時期もあったな、と思い出す。
 いや、もしかしたら今も──。
「おい、そこの二人」
 いきなり隊長の重々しい声が飛んできた。
「はッ」
 弾かれたようにマルコが立ち上がった。僕も慌てて腰を上げる。
「任務の直前に無駄話とはいい度胸だ。よほど余裕があると見える」
 ぎろりと睨まれ、冷や汗が一気に噴き出てきた。それでも視線は逸らさず、必死に顎を上げて正面を向く。
「その様子なら任務内容も完璧だな。復唱してみろ」
「はッ。今回の……任務は……」
 口ごもる同僚を見かねて、僕が代わりに応じた。
昨日さくじつ未明、タウンメリア郊外の孤児院にて少年が誘拐され、翌朝犯人グループから身代金を要求する脅迫状が届けられました。我々の任務は犯人の潜伏先と思しき『枯れた遺跡』に潜入し、速やかに人質を救出し犯人を逮捕することにありますッ」
「ふん、予習はしてきたようだな」
 再び鋭い眼光を向けられる。心の底まで覗かれているような気分だ。
「見ないツラだが、新入りか。名前は」
 背筋を伸ばして僕は答える。
「アシュレー・ウインチェスター、十九歳ですッ。三日前に配属となりましたッ」
「見合いの席じゃないんだ。歳まで聞いてない」
 隊員から失笑が洩れる。恥ずかしさに耳が火照り、うつむいた。
「いいか新入り、たとえチンケなコソ泥が相手でも、我々が向かう先は常に『戦場』だ。一人の判断ミスが全員の命取りとなる世界だということを、肝に銘じておけ」
 そこで前に揺さぶられる。車がブレーキを掛けたのだ。みるみる速度が落ちて──停止する。
 現場に着いたらしい。
「これより作戦を開始する」
 隊員によって後方の扉が開かれる。
 その先に見えたのは──。

 半ば崩れた、色褪せた遺跡だった。

 その遺跡の本当の名前は、誰も知らない。
 建造様式や風化の具合から、遙か昔に高度文明を築いたエルゥ族の遺構であることは間違いないらしいが、名称も含めて詳しいことは何ひとつ判っていない。
 調査をしようにも──何も残っていないのだ。
 穏やかな気候でモンスターの脅威も少ないメリアブール地方、しかも街道からそれほど離れていないという立地から、遺跡は『渡り鳥』の格好の草刈り場となった。賞金や宝を求めて各地を旅する渡り鳥──冒険者たちは、この「攻略しやすいダンジョン」を隅々まで探索し、金になりそうなものをこぞってさらっていった。ある者は次なる冒険のための路銀として、またある者は旅立ちの下馴らしを兼ねて。
 かくして遺跡は「空っぽ」になった。金目のものが奪い尽くされた後は渡り鳥にも顧みられることがなくなり、国の調査もろくに行われないまま打ち切りとなった。
 価値という養分を失った遺跡は──枯れた。
 かつての栄華も、そこで暮らしていた人々の想いも、その名前すらも忘れ去られて──いつしか『枯れた遺跡』などという俗称で呼ばれるようになった。
 哀しい名前だと、僕は思う。

 捜索は人質の身の危険を考慮して、慎重に進められた。
 隊員は二人一組になって、犯人が潜伏していそうな部屋をしらみ潰しに当たっていく。異常を発見した場合は独断で事を起こさず即座に隊長に報告することになっていた。
 僕はマルコと組むことになった。彼が角灯ランタンを持って先を行き、後から僕が続く。
「本当に……何もないんだな」
 崩れかけた壁の横を通りながら、独り言のように呟いた。
「遺跡と言うより廃墟だな」
 彼もくぐもった声で応じた。
 ここまでいくつかの部屋を検めてきた。けれど、どの部屋も石壁や天井の破片が散乱しているのみの、がらんどうだった。
 かびと埃にまみれた──ただの空洞だ。国の調査が早々に打ち切られたというのも肯ける。
「歴史的にも技術的にも価値のある遺跡だったかもしれないのによ。まったく渡り鳥というのはロクでもないな。まるで砂糖に群がる蟻だ」
 呆れたようにマルコが言う。僕は返事はせず、黙々と足を進めた。
 彼の言い分はもっともだった。渡り鳥たちが荒らしたせいで価値の失われてしまった遺跡は、他の地域にも沢山あるらしい。国や学者の間では問題視する向きもあるという。
 けれども、渡り鳥にだって道理はある。ただの道楽でやっているような人はともかく、多くの渡り鳥は様々な事情があってそうした生業に身をやつしている。
 彼らも「人」として生きている。生きていくには金が必要だ。文字通り命を懸けた稼業であるからには、少しでもリスクのない所をターゲットにするのは必然だろう。
 蟻にだって、蟻の理屈があるんだ。
 砂糖に群がる蟻を嫌悪して、思うままに踏み潰す。そうすることに何の抵抗のない人もいるだろう。
 でも、僕にはそれができない。躊躇する。考える。
 そうしていつも、わからなくなるんだ──。
「しかし、どこまで続くんだろうな、この道は」
 マルコの言葉で、思考の海から引き戻された。
「外から見た感じじゃ、そんなに大きい遺跡には見えなかったが」
「半分くらいは山に埋没しているからな。地下もあるし、見た目よりは広いのかもしれない」
「だとしたら骨だなぁ。人質のこともあるから大っぴらに探索もできないし──」
 そこで声が消えた。いや──マルコが消えた。
 どさり、と下の方から音が響いた。それが何の音なのか理解するまで数秒ほどかかった。
「マルコ!」
 駆け寄ろうとしたが、足許に気づいて慌てて止まる。
 目の前の地面が──なかった。狭い通路の床が数メートルに渡って抜けている。
 穴の縁に手をついて覗き込むと、角灯の仄かな明かりが見えた。どうやら下の階層に落ちたらしい。
「大丈夫か」
「あ、ああ。まさか床が抜けていたとは……油断した」
 姿は見えないが応答はあった。無事ではあるようだ。
「上ってこられそうか?」
「ちょっと待……ぁいたたッ」
「どうした?」
 悲鳴に驚いて呼びかけると、唸るような声で。
「足首を痛めた。折れた……かも」
「それなら動かない方がいい。今からそっちに行く」
 背負っていたリュックを下ろして入れ口を広げた。それほど深さはないので飛び降りることはできそうだが、後で上ることを考慮して手がかりのロープを垂らしておいた方がいい。
 手探りでリュックの底からロープの束を取り出したとき、穴の底から声が上がった。
「うわあぁッ!」
「マルコ!?」
 再び穴を覗くと、角灯の周りをいくつかの影がうごめいていた。獣のような唸り声も聞こえる。
「も、モンスターだ。く、来るな、この野郎ッ!」
 片脚を引きずって壁際に逃げるマルコの影が見えた。その影に、中型犬ほどの大きさの影が飛びかかる。
「ぐああぁぁッ!」
 苦悶の悲鳴が遺跡に響いた。考えている場合ではない。僕はそのまま穴に飛び込んだ。
 着地すると、もうもうと砂埃が舞った。靴底も乾いた砂に埋もれている。
 こちらに気づいたモンスターが振り返る。赤い眼と白い体毛、そして剥きだしの鋭い牙。やはり犬か狼のように見えたが、後肢のみで地面に立っている。暗い洞窟などに棲息するコボルトという魔物だろう。
 肩に担いでいた銃剣バイアネットを取って、身構えた。相手は三匹。凶暴ではあるものの力はそれほどないはずだ。牙にさえ気をつければ何とかなる。
 僕の喉笛めがけて一匹が飛びかかった。身を屈めてやり過ごし、魔物が着地したところで背中を剣で突いた。コボルトは甲高い悲鳴を上げて横に倒れる。
 すぐに背後から残りの二匹が襲ってくる。一匹を振り返りざま蹴り飛ばし、肩口を狙ってきたもう一匹には銃床を噛ませて、そのまま地面に叩きつけた。
 足許で藻掻いている魔物に止めを刺すと、残った一匹は暗闇の中へと逃げていった。
 気配が完全に消えたのを確認してから、マルコがうずくまっている壁の方へ駆け寄る。
「借りが、できちまったな……」
 身体を起こして壁にもたれるようにさせると、彼はうめきながらもそんなことを言う。僕は苦笑しながら手当てを始めた。
 コボルトに噛まれた腕の傷は、出血はあったものの大したことはなかった。止血をしてから包帯を巻く。
 足首の方は……やはり骨折しているようだ。処置をしようと手を伸ばしたところを、彼に止められた。
「このくらい自分でやるよ。それより、上に戻れるのか?」
「それは……」
 僕は立ち上がり、頭上を仰いだ。
 上の階の床まで三メートル程度はあるだろうか。その下には積み上がった瓦礫がれきの山があり、それを登っていけば床まで届くかもしれない。
 試しに瓦礫を登ってみた──けれど、思った以上に足場がもろい。二、三歩進んだだけでがらがらと崩落して、山も一回り小さくなってしまった。
「……困ったな」
 これでは戻れない。おまけに自分のリュックもロープも上の階に置いてきてしまった。
「助けが来るまで待つしかなさそうだ」
「いや、他に手はありそうだぜ」
 振り向くと、マルコはどこか別の場所を見ている。僕もその視線を辿ってみたが──何も見えない。ひたすら暗闇が広がっているだけだった。
 するといきなり彼が角灯を吹き消した。たちまち全てが闇に呑まれる。
「よく見ろ」
 そう言われて凝視すると──奥の方に光が見えた。ゆらゆらと揺らめく、炎の明かり。
「向こうに誰かいるのか? ……仲間か?」
「動いてる様子はないから、仲間の角灯じゃないな。燭台しょくだいとか篝火かがりびとか、そんなものだろう」
 マルコが再び角灯に火を灯す。
「仲間じゃないとしたら……」
 ──犯人たちか。
「どうする?」
「ここで固まっていても仕方ないだろう。俺は動けないから、お前だけで行ってこい」
「でも……君を置いていくわけには」
「あのな」
 マルコは自分のこめかみに人差し指を当てる。考えろ、という仕草のようだ。
「今、何を優先すべきなのかはわかってるだろ? 一刻も早く犯人を見つけて居場所を報告するんだ。それに俺なら問題ない。足の処置さえすればコボルト程度なら追い払えるさ」
「……わかった」
 銃剣を担ぎ直して、僕は明かりの見えた方を向く。
「待て、アシュレー」
 歩き出そうとしたところで呼び止められる。振り返るとリュックが飛んできた。
「手ぶらじゃ心許ないだろ。持っていけ」
 彼のリュックだった。受け取ると、ずしりと重い。
「ありがとう。後で必ず助けに来る」
 マルコは親指を立てて、ニッと笑い返した。

 先に見える明かりを頼りに、手探りで暗い通路を歩く。角灯はマルコのところに置いてきたので、しばらくはこうして進むしかない。
 通路の壁がおぼろげに見えてきた。どうやら正面は突き当たりで、左右に道が続いているようだ。
 周囲に気配がないことを確認してから、分岐の中心に立つ。右の道の手前に光源の焚火たきびがあった。壁際に木材を積んだだけの簡単なものだったが、空気が乾燥しているせいかよく燃えている。
 左手の道には焚火は置かれていない。道の先は明かりが届かず薄暗かったが、目を凝らすと階段のようなものが見えた。こちらの道を行けば入口に戻れそうだ。
 すぐに戻って状況を報告すべきか。……いや。
 振り返って、再び右手の道を見遣る。
 ──向こうに本当に誘拐犯がいるのか、確かめてからだ。
 先に進む前に、マルコから預かったリュックを下ろして中身を確認する。水筒にライター、非常食の堅パン、小銭の入った袋に、それから……。
「……これは」
 小型のナイフが三本入っていた。鞘を抜いてみると刃は細く、切っ先がアイスピックのように尖っていた。
 ──投擲とうてき用のナイフか。
 そういえばマルコはダーツの名手で、予備隊時代はたびたび勝負につき合わされたものだった。お陰で僕もそれなりには上達したのだけど……。
「実戦で使えるかは怪しいけど、な」
 念のため三本とも腰のベルトに挟んでおいた。

 焚火の横を通って少し進むと、声が聞こえた。
 すぐさま通路の壁に背をつけて、壁伝いに声のする方へと近づく。
「──ねぇかもしれないだとォ?」
 通路は右に折れている。声はその先か。
 曲がり角から頭を出して窺うと、正面に扉のない出入口があった。その向こうには篝火が見える。
「だからさ──」
 子供の声だ。人質の少年だろうか。
「うちの孤児院は、教会が慈善事業でやってんだって。信者のじーさんばーさんから頂いたナケナシの寄付で、どーにかこーにかやり繰りしてんの。そんなトコから身代金せしめようとしても、雀の涙も出やしないって」
 出入口の脇に身を潜めて、そこから注意深く部屋を覗き込んだ。
 かなり広い部屋だった。メリアブール城のホールと同じくらいはありそうだ。
 木材を組んで作った篝火が部屋の中央で炎を上げている。奥には祭壇らしきものも見えた。
 誘拐犯と思しき三人と人質は祭壇の手前、円柱型の台を囲むようにして話をしていた。
「ん、んだけどもォ、教会ってのはたらふく金持ってるもんだって……」
 中折れ帽を被った髭面ひげづらの男が、人質の少年に言う。
「あのね、きょーび教会なんて流行ってないんだっての」
 少年は説教でもするように髭面に言い返す。後ろ手に縛られていたものの、それ以外は自由に動けるようだ。資料によれば歳は十三だったか。小柄なせいか、もっと幼いようにも見えた。
「どこで何をなさったのかわかんない天主さまなんかより、今は剣の聖女さまの方がウケてんの。なんたって救国の英雄だし。オレだって本当なら聖女さまを拝みたいところだよ」
 やっぱ美人の方が拝みがいがあるよな──と少年は見た目に似合わずませたことを言う。
「そ、そんじゃ、おらたちは何のために……」
「だから最初に言ったじゃん。オレなんてさらってもムダだって」
 茫然とする髭面に、隣にいた金髪の若者が口出しする。
「やっぱ失敗だったんじゃないっスかねぇ、ガンガルさん」
 目つきは悪く、けた頬と土気色の肌がいかにも不健康そうだった。髪だけはきっちり整髪剤で固めて整えてある。
「なにッ。おいズク、お前ェだってあんなに乗り気だったじゃねェが」
「いやぁ、あん時は酒の勢いというか、ノリというか」
 ズクと呼ばれた顔色の悪い若者は、へらへらと緊張感のない笑みを浮かべて頭をく。
「旦那、ここいらが潮時かもしれませんよ」
 人質の横にいた年配の男も髭面に進言した。髪は耳のあたりを残して禿げ上がり、頭も身体も丸々と太っている。手足のついた雪だるまのような体型だ。
「あ、諦めろって言うンか、ゲルグ」
「仕事クビにされてヤケになる気持ちはよくわかりますし、わかるからここまでつき合ったのですが、やはり素人の我々に悪党の真似事なんて無理だったということですよ。大人しく投降すれば多少は罪も軽くなります」
 ……たぶん、と心許ない言葉を付け足してから、ゲルグは額の汗をハンカチで拭う。
「け、けど、誘拐って重罪でねェべか?」
「重罪ですね。さすがに死刑はないと思いますが、強制労働十年以上は覚悟しておいた方がいいかと」
「主犯はガンガルさんスから、おれらはもっと刑期短いっスよね」
 おまんま食わせてくれるなら強制労働もアリだなあ──などとズクは脳天気に呟いている。
「お、おらは嫌だ。捕まりたくねェ。もう誘拐も脅迫もりだ。兵隊さ来る前にずらかるべ」
 ガンガルは泣きそうな顔になりながら荷物をまとめ始める。
「だったらガンガルさんだけで逃げてください。おれらはメシ食ってから投降しますから」
 ズクは逆に足許の荷物を広げ始めた。食糧が入っているらしい。
「な、なにッ。まさかゲルグ、おめェまで残るつもりか?」
「残念ながら。賞金首になって渡り鳥に追い回される生活は遠慮したいですからね。強制労働の方がまだマシです」
「そ、そんなァ……」
 逃げる気力も失ったか、髭面の主犯はへなへなとその場に座り込んだ。
「お、おらは、おらの人生は……」
 ひとり悲嘆に暮れるガンガルをよそに、他の二人は淡々と食事の準備を始める。
「トニー君、君も食べますか?」
「えッ、いいの?」
 少年はやけに馴れ馴れしくゲルグに近づく。誘拐されたことなどとっくに忘れているのかもしれない。
「余らせても勿体もったいないだけですから。どうぞ……って、それじゃあ食べられないですね」
 ゲルグがトニーの手首の縄を解く。解放された人質は、遺跡の最深部で誘拐犯たちと仲良く食事を始めた。
 ──さて、どうするか。
 その珍妙な団欒だんらんを眺めながら、僕は思考を巡らせた。
 最初に決めた通り、今すぐ引き返して隊長にこの状況を報告するべきか。銃士隊の一員としては、それが当然の行動だろう。
 けれど。
 報告に行っている間に再び彼らの気が変わらないか、そのことは少し気がかりだった。あるいはこの後、あの髭面のリーダーが自暴自棄になって人質に危害を加えるという可能性も充分考えられる。
 それならば、今ここで僕が姿を見せて完全に抵抗を諦めさせ、速やかに投降を促した方が、事はスムーズに運ぶかもしれない。
 ……けれど。
 もし、僕のその行為が仇となったら? 不用意に干渉して犯人を逆上させてしまったら?
 余計なことをして、あの少年に取り返しのつかないことが起きたら──。
「……はあ」
 僕は深々と溜息をついて、片手で髪を掻きむしる。
 この程度のことすら判断できない。迷ってしまう。
 やっぱり僕は『英雄』の器ではないらしい──。
 手を下ろし、伏せていた目を持ち上げる。そして皮肉っぽく笑った。
 ──凡人は、凡人らしく。
 組織の歯車として、すべきことをしよう──。
「ねえ、オレ喉渇いたんだけど。それって飲み物?」
 決意を固めてその場を離れようとしたとき、再び四人に動きがあった。
「ああ、それはお酒ですよ。トニー君にはこっちの……」
「な、なにッ。酒あンのか」
 ガンガルが涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、三人のところに詰め寄る。
「もう何もかも知ったこっちゃねェ。酒だ、酒さえあればおらは幸せだ」
「……結局酒に逃避してしまうんですね、旦那は」
「まぁいいんじゃないスか。酔い潰れてくれれば余計なこともしないし」
 ……酒か。止めておいた方がいいのかもしれない。
 また少しだけ迷いが生じたが、既にガンガルは酒樽を抱えている。
「さぁ、飲むべ飲むベ。……んしょっと」
 テーブル代わりに使っていた石の台に、酒樽が載せられた。
 すると。
「あ?」
 ごとりと、何かが作動するような音がした。
「ん?」
 酒樽の載った石が沈み込み、床と同じ高さになる。
「わッ」
 そして遺跡が──揺れ始めた。
「な、なんだべ、地震か?」
「ね、ねえ、なんか動いてんだけど」
 トニーが祭壇の方を指さして、後ずさりしている。
 僕もそちらに視線を向けて──息を呑む。
 祭壇の奥の石壁が動いていた。中央から縦に割れ、重々しい音を立てて左右に開いている。
 完全に開ききると振動は収まった。この位置からでは開いた壁の奥は見えなかったが。
「な、な、なんか、いるうぅッ!?」
「で、でけえぇッ!」
 尋常でない四人の反応を見て、思わず部屋に踏み入った。
 そこで目の当たりにしたのは。
 巨大な──モンスターだった。
 体長は十メートル近くあるだろうか。蜥蜴とかげを巨大化させたような外見だったが、頭部から背中にかけては金属光沢のある殻に覆われている。前肢にも同じ材質のグローブをめていて、そこから鋭い鉤爪かぎづめが何本も突き出ていた。
 モンスターはのそりと動き出して祭壇に立つと、足許の四人を見下ろした。殻の奥で鈍く光る両眼には、明らかに敵意の色があった。
 ──まずい。
「逃げるんだ、早く!」
 僕が叫ぶと四人がいっせいに振り返った。
「え? おめェは」
「銃士隊だッ。いいからさっさとこっちに……!」
 呼びかけの途中でモンスターが咆哮ほうこうを上げた。甲高い声が耳から脳天に突き抜ける。それで我に返ったか、四人は慌ててこちらへ避難を始めた。
「荷物なんていい、死にたくなければ急げッ!」
「ひえぇえぇッ!」
 一目散に逃げてきたガンガルを出口に促し、ズク、ゲルグと続かせた。
「あッ」
 最後に残ったトニーが足をもつれさせて転んだ。巨大な影が背後に忍び寄る。
 考えるよりも前に僕は駆け出した。横から少年を抱きさらって出口に引き返す。振り下ろされた前肢が背後を掠め、地面を叩いて石畳が粉砕された。
 トニーを抱え、誘拐犯たちを引き連れて遺跡の出口へと急ぐ。後方からは壁の崩れる音がしている。狭い出入口を壊して追ってくるつもりだ。
 焚火の横を通って先程の分岐に立つ。左の道にはマルコがいるが──怪我をした彼を連れて逃げる余裕はない。
「マルコ、後で助けに行く!」
 暗闇に向けてそう叫んでから、正面に向き直って先に見える階段まで走る。
 階段を駆け上がり、真っ直ぐ続く通路を進む。モンスターは側壁を壊しつつも階段を上ってきているようだ。
 左に折れた角を曲がると、いくつかの角灯と人の姿が見えた。隊員たちと──隊長の姿もある。
「遺跡の最深部で、その、モンスターが」
 隊長に少年を引き渡して状況を説明しようとすると、隊長は把握している、と一言で遮った。
「分析班によれば、あのモンスターはエルゥ族の生物兵器である可能性が高いとのことだ。体液には揮発性の成分も検出され、不用意に傷をつければ爆発の恐れもある」
「爆発?」
「よって当該モンスターは遺跡内にて殲滅せんめつすることが決定した。既に『リニアレールキャノン』の準備は完了している」
「ま、待ってください」
 慌てて僕は隊長に詰め寄る。
 こんなところで爆発なんて起こしたら、下の階は──。
「まだ下にはマルコ……仲間がいるんです。怪我していて動けないから助けに行かないと」
「そんな時間はない」
 背後で破壊音が響いた。モンスターが迫っている。
「あれを外に出すわけにはいかない。遺跡内で始末しなければ被害は拡大する」
「仲間を見殺しにするというのですかッ」
「これは命令だ、ウインチェスター!」
 隊長の怒号に、僕は歯を食い縛って睨み返す。
 ──聞けない。
 いくら命令でも、従えない。
「……東の通路の穴の底に、マルコがいます」
「なんだと?」
 誰も犠牲にしたくない。させたくない。
 僕は──。
「モンスターを食い止めている間に、助けに行ってくださいッ」
 自分の感情を誤魔化したくない──!
「ウインチェスターッ!!」
 隊長の制止を振り切って、僕は駆け出した。
 目の前にモンスターが見えた。天井を崩しながらこちらに来る。
 僕は銃剣を抱えてそのまま突っ込んだ。繰り出された前肢は地面を転がりながら掻い潜り、尻尾の一撃もかろうじて躱し、どうにか巨体の背後に回った。
 そして地面に片膝をついたまま銃を構える。用心金トリガーガードについたレバーを引いて弾を装填すると、モンスターの後頭部に狙いを定めて引金トリガーを引いた。
 放たれた銃弾は確実に頭に命中したものの、金属の鱗のような殻に弾かれて乾いた音を立てた。思った以上に殻が強固だ。44-40程度の弾では通用しない。
 モンスターが緩慢な動作でこちらに向きを変える。僕は攻撃を諦めて、遺跡の奥へと誘導を始めた。
 時々振り返ってモンスターがついて来ていることを確認しつつ、通路を走る。崩れて瓦礫が散乱する階段を滑り降り、祭壇のある部屋の手前までは一気に駆け抜けた。
 そこで一旦反転する。モンスターは僕を追ってこちらに近づいていたが──不意に分岐のところで立ち止まり、首を動かして横の脇道をしきりに窺い始めた。
 ──気づかれたか。
 その先にはマルコがいる。何としても食い止めなくては。
 すぐさま僕は弾を装填して放った。続けて一発、また一発。とにかくこちらに意識を向けさせなければ。
 数発放ったところで、巨大蜥蜴は再び僕に照準を合わせた。二本の脚で跳びはねるようにして走ってくる。慌てて僕は背後の部屋に駆け込んだ。大穴の空いた出入口をさらに崩しながら、モンスターも祭壇の部屋へと戻ってきた。
 ひとまず誘導は上手くいった。後はマルコが救出されるまで時間を稼げばいいのだけど……。
「うわッ、と」
 挑発されてすっかり頭に血が上ったモンスターは、見境なしに僕に襲いかかってきた。部屋を駆け回り、地面を転がって次々繰り出される攻撃をやり過ごしたものの、みるみる体力は奪われていく。
 ──駄目だ。
 たまらず柱の陰に身を隠して、乱れた呼吸を整える。
 これでは救出が完了する前に体力が尽きてしまう。どこかで攻めに転じて──。
 倒さなくては。
 けれど……あんな化物をどうやって?
 持っている銃ではあの殻を突き破れない。おまけに誘導のときにかなり使ってしまった。残弾は五発もないだろう。
 他に何か手はないか。柱に寄りかかりながら必死に頭を巡らせる。
 手元にあるもので使えそうなものはないか。リュックに入っているのは、水筒に小銭入れ、堅パン、ライター……どれも雑用品だ。武器にはなりそうもない。
 ──武器。
 僕ははっとした。そして腰のベルトに手を忍ばせる。
 ──やってみるか。
 いや、やるしかない。これが唯一の勝機だ。
 モンスターが前肢で柱を粉砕した。僕は横に跳び退くと背負っていたリュックを外して、中から小銭入れを抜き取った。
 袋から小銭をまとめて掴むと、モンスターの背後の壁に向かって投げつける。甲高い音に反応したモンスターが振り返った。
 その隙に僕は相手との距離を取った。全力で駆けて祭壇に登り、再び敵を見据える。
 モンスターがこちらに気づいた。重々しい足音を立てて近づいてくる。僕は祭壇の上で身構えた。
「さあ、ゲーム開始だッ」
 リュックを足許に下ろし、弾を装填した銃剣を石畳の継ぎ目に突き立てておく。そして腰のベルトから三本のナイフを抜いた。鞘を取り払い、一本は右手に、残りの二本はすぐに持ち替えられるよう左手の指の間に挟んでおく。
 右手のナイフを構え、目の前に迫り来る的にめがけて──ひといきに投げた。
 頭を狙って投じた刃は右の前肢で振り払われた。間髪容れずにもう一投、今度は殻に覆われていない腹部を狙った。だがそれも左の前肢で防がれる。
 最後の一投は再び頭を狙った。モンスターは振り払ったばかりの前肢で再び防ごうとするが、一瞬早く鉤爪の隙間をすり抜けて、ナイフは殻の奥の左目に突き刺さった。
 耳障りな悲鳴を上げてモンスターは動きを止めた。両方の前肢で顔を覆って悶えている。
 ──今だ。
 僕は床に突き立てた銃剣を抜き、銃床をわきに挟んで早撃ちのように引金を引いた。銃弾は無防備になった腹部に命中し、たちまち黒い体液が噴き出して床を汚す。
 揮発性の──体液。
 すぐさま足許のリュックを逆さにして中身を地面にぶちまけた。そして小銭入れを拾うと堅パンを中に突っ込み、ライターで火をつける。
 燃え始めた革袋を手にしたまま部屋の出入口へと走った。瓦礫を乗り越えて通路まで出ると、きびすを返す。
「これで──」
 部屋の中央でうめいているモンスターの足許──体液の水溜まりめがけて──。
「終わりだッ!」
 持っていた火種を、投げ入れた。
 体液に火がつき巨体が炎に包まれる。それを見た僕はすぐさまその場を離れた。
 そして数秒後、地の底から突き上げられるような衝撃が起きて、地面と壁を揺るがした。
 ──爆発した。
 階段まで間に合わないと判断した僕は、分岐のところで脇道に逃げ込み、身体を丸めてうずくまった。
 遺跡がまるで波打つように震動している。背中に熱を感じ、崩れた壁の重みを感じ、そして──。

 何も、感じなくなった。

「……おい、アシュレー」
 誰かの声で気がついた。少しだけ意識を失っていたらしい。
 頭を上げて見回すと、僕は瓦礫の山の中に半分ほど埋もれていた。既に爆発は収まり周囲は静まり返っている。
 祭壇の部屋へと続く通路は完全に潰れていた。一方で僕の逃げ込んだ道は大した被害はなかった。この様子なら上の階も大丈夫だろう。
「……ああ、マルコ。無事だったんだな」
 横には角灯を掲げた同僚の姿があった。呆れたような顔で僕を見ている。
「それはこっちの科白セリフだ、馬鹿野郎」
 僕は苦笑して、天を仰いだ。

 すぐに隊員がやって来て、マルコの救出にかかった。僕はそれを手伝ってから遺跡の入口へと戻る。
 入口では他の隊員たちに拍手で出迎えられてしまった。賞賛というよりはやし立てる意味合いが強いとは思うけれど、悪い気分ではなかった。
 けれども。
「『英雄』気取りか、新入り」
 遺跡を出て本部に戻ると、隊長が待ち構えていた。意外にも表情はそれほど険しくなかったものの、言葉は辛辣しんらつだった。
「自分が何を仕出かしたのかは判っているな」
「命令に叛きました。申し訳ありませんでした」
 僕は真っ直ぐ隊長を見据えて、答える。
「貴様のしたことは単なる独善だ」
 隊長が言う。
「それによって他の隊員を危険にさらした。貴様やマルコだけでなく、全員が潰れた遺跡の下敷きになっていた可能性もあった」
「……はい」
 僕は小声で返事をする。それでも決して視線は逸らさなかった。真顔のままの隊長と、しばらく無言で向き合った。
 先に隊長の方が動いた。机に目を落とし、書類に何かを書き込む。
「何か申し開きがあるのなら、今のうちに聞くが」
「ありません。ただ」
「ただ?」
 隊長が僅かに顔を上げてこちらを見る。
 僕はきっぱりと答えた。
「後悔はしていません」
「……そうか」
 誰かの不幸の上で達成される目的なんて、僕は認めない。
 たとえ、その信念が何かと衝突して、過ちを犯すことになろうとも──。

 僕はいつだって、全員が幸福になる方法を考える。

「アシュレー・ウインチェスター。服務規程違反により、本日をもって貴様を無期限謹慎処分とする」

 僕の長い一日は、夕闇に吹きすさぶ砂塵の中で、幕を閉じた。