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小説 WILD ARMS 2nd IGNITION
第二章
Mission 3 決起

 アルテイシアは、いつものように兄の部屋へと続く廊下を歩いていた。
 時刻は正午を回ったところ。食事の支度を整えてから兄を呼びに行く途中であった。家には住み込みのシェフもいるが、昼の食事だけはできる限り自分で作るようにしている。
 背中に下ろした髪を揺らし、衣擦れの音を立てながら、赤絨毯の廊下を静々と進みゆく。いつもと同じ時間。いつもと変わらぬ行動。そのことに微かな虚しさも覚えつつ──彼女は碧い瞳を細めた。
 兄の役に立ちたいと始めた料理。それ自体は楽しいし、兄も喜んでくれている。だが一方で、その程度のことしかできない自分が歯痒くもあった。
 ──そう。何もできない。わたしは今まで何も成したことがない。
 彼女はずっと、自らの無力を感じながら生きてきた。
 幼少から身体が弱く、たびたび高熱を出して寝込んだ。長じてからは床に伏せることは少なくなったが、それでも生来の虚弱は治らず、館の中で籠もりきりの生活が続いた。力もなく、かと言って知的に秀でた才があるわけでもなく、おまけに社交性も持ち合わせていない。貴族の子女として通り一遍の知識は身につけたものの、それを活かすような機会は遂に訪れなかった。この世に生を受けてから二十年余り、彼女はその生のほとんどをこの館で過ごし、鬱々とした日々を送ってきた。
 それが贅沢な悩みであることは理解していた。この世界には食べることすら儘ならずに困窮している者たちがごまんといる。彼らに比べれば、飢える心配もなく暮らしていける自分は恵まれた立場なのだろう。
 それでも。いや、だからこそ。
 どうして自分などが生きているのだろう。そうした思いが、常に彼女を苛んだ。
 生きることの意味。自分という存在の価値。誰しもが抱く、そうした疑問を──いつかは抜け出さなくてはならないはずの懊悩を──彼女は未だ心中に抱き続けていた。多くの者は自ら答えを見出す。たとえ答えが出なくとも、現実に引きずられるうちに疑問は薄れ、いつしか悩んだことすら忘れるものだろう。しかし、彼女にはそのどちらも訪れることはなかった。
 何も持たぬ者だから、答えが出せない。
 恵まれた立場だから、現実に引きずられることもない。
 そうしていつまでも、答えの出ない疑問を腹の底に溜めている。
 人が羨むような生活を送りながらも、彼女の心は常に満たされず、何かに飢えていた。
 けれども、そんな彼女に──少しだけ変化が訪れた。
 転機は皮肉にも身内の不幸だった。兄が聖剣に拒絶され、その反動によって深手を負ったのだ。左腕は大火傷、右脚も骨が砕かれて杖なしでは歩くことすら儘ならなくなった。
 力を持たない自分と違って、兄はあらゆる才知に恵まれていた。剣も魔法も自在に操り、弁も立ち、知略にも長けた。ヴァレリアという特別な血筋を引いていることもあり、他の諸侯の間では英雄の再来と騒がれたことすらあった。
 そして、彼自身も英雄となることを望み、強く欲していた。その理由を彼女は知らない。ヴァレリアの血がそうさせたのか、それとも他に理由があったのか──。
 傍目には病的に思えるほど、彼は英雄であることに拘り、英雄にならんがために激しい研鑽を積んだ。気力体力ともに充実し、確信にも近い思いを抱いて聖剣アガートラームの前に立ったのが、二年前のこと。だが、その思いは──自らの身体もろとも打ち砕かれた。
 その後の彼の有様は酷いものだった。傷ついた身体を投げ出してベッドに横たわり、日がな一日虚ろな瞳で天井を眺める兄の姿を、彼女は今でも憶えている。このまま永遠に動かなくなるのではないかと心配したほどだった。
 彼女にとって兄は完璧な存在であり、羨望の対象だった。何も持たない自分に対して、彼は全てを持っていた。双子なのにこうも違うものか、その才能のひとかけらでも自分にあればと、悔しく思うことすらあった。
 その兄が、今は傷つき、打ち拉がれてベッドに伏している。初めて目の当たりにした「完璧でない兄」の姿に彼女は衝撃を受け、そして、少し──安堵した。
 そこに、ようやく自分の居場所を見出したのだ。
 彼女は兄を忠実まめまめしく看病した。不慣れながらも包帯を取り替え、杖となって付き添い、労りの言葉をかけた。実際に役に立ったのかは怪しいところだが、とにかく兄の支えになろうと奮闘した。料理を始めたのもこの頃からだった。
 その甲斐あって、一年ほどで兄は立ち直った。右脚は依然として動かず、左手も剣を握ることはできない(彼は左利きだった)。それでも彼は再び活動を始めた。自ら前線に立つことを潔く諦め、指揮官としての道を見出して、歩み始めたのだ。
 新たな道を進む兄を彼女は嬉しく思った。だが、同時に──満たされぬ思いもまた、沸々と沸き上がってきた。
 これからも兄とともに歩みたい。兄の助けになりたい。けれど自分は相変わらず何もできない。何も持っていない。この一年で覚えたことは料理くらいのものだったが、それも所詮は素人芸だ。
 結局自分は、何ひとつ成すことができない。
 ──聖女の末裔だというのに。
 英雄の血を引いているというのに──。
「……兄様」
 兄の自室の前に立ち、かき乱れた心を鎮めるように深呼吸してから、ドアを軽くノックした。
「兄様、お食事の準備が整いました」
 返事がない。いつもならすぐに応答があるのに。
 幾度か扉を叩いて、それでも応えがないので、ドアノブに手を伸ばして、そっと開けた。
 隙間から頭だけ出して覗き込む。正面の書き物机に兄の姿はなかった。書棚の前にも、手前の飾り棚のところにもいない。
「兄様……?」
 不在なのだろうか。この時間はいつも自室にいるはずなのだが。
 中に入って部屋を見回す。机上には何かの書類や本が散乱している。仕事の途中のようにも見えるが、肝心の主の姿はない。
 どうしたものか、と机の前で考えあぐねていると、不意に机に置かれた二枚の封書が目についた。一葉の紙を折り畳んだだけの簡素なもので、封蝋は剥がされてある。そのうち一枚の蝋はハート型に捺されてあって、それが彼女の目に留まったのだ。
 まるでラブレターのようだが……隅に記された差出人の名は、マリアベル・アーミティッジ。確か兄と頻繁に手紙でやり取りしているノーブルレッド族だ。長命な種族で知識も豊富だから度々助言を求めているのだと、兄は説明していた。
 もう一枚は、やけに繊維の粗い、くすんだ色をした紙の封書だった。封蝋もさして特徴のない丸形なので、ノーブルレッドの彼女からではないだろう。隅には乱雑に「V・G」とだけ記されてある。
 その封書が妙に気にかかり、手を伸ばしたとき。
「アルテイシア……か」
 声がした。自室と続きになっている寝室の方だ。机の横の扉が開け放してあり、その向こうの暗がりから、ぬっと姿を現した。
「兄様、お休みになっていたのですか」
「いささか気分が優れなくてね。一睡したから、もう大丈夫だ」
 確かに普段よりも顔色が悪い気がした。ぎこちなく松葉杖を突いて、妹の前まで来る。
「お食事は……どうなさいますか?」
「ああ、もう昼なのか。折角君が作ってくれたんだ。頂くよ」
 無理に食べなくても……と言おうとしたが、既に兄は部屋のドアに向かって歩き出していた。アルテイシアは無言で横に寄り添い、肩を貸した。
「すまないね」
 兄の重みと温もりを感じながら廊下を歩いていると、不意に彼が呟いた。
「何が……ですか?」
 首を傾けて、青白い横顔を覗く。兄は微笑を浮かべていた。初春の雪解けを思わせるような、冷たくも暖かな──笑顔。
「『あの日』以来、私は君に支えてもらってばかりだ」
 その言葉に、頬が火照るのを感じた。嬉しさからか、照れくさいのか、それとも……。
「違いますわ」
 それを誤魔化すように、彼女は少し強い口調で返した。
「わたくしが、支えたいのです。これは全て、わたくしの我儘なのです」
 兄はしばし瞑目して、そうか、と言った。
「それなら、もう暫くは君の我儘に甘えさせてもらうかな」
 ええ、とアルテイシアも瞳を細めて笑った。
 英雄に届かなかった兄。英雄には程遠い妹。
 それでも、ふたりで支え合えば、あるいは──。
 ──ああ、そうか。
 そこで、ようやく、初めて気がついた。
 
 わたしも──兄と同じだ。
 わたしも英雄に、なりたかったのだ。
 それが決して叶わぬ徒夢だと、わかっているはずなのに──。
 
 これも、ヴァレリアの血のせいか。
 いや、もしかしたら。
 
 ──呪い、なのかもしれない。
「ひええええッ」
 アシュレーの背後で、リルカが情けない悲鳴を上げた。下を見てしまったらしい。
「高いところ、ダメなのか?」
「ダメってわけじゃないけど……でも、この高さは、あうぅ……」
 へっぴり腰で左側の壁にしがみつきながら、リルカは足許に釘付けになっている。
「あまり見ない方がいいぞ。ほら、顔上げて」
「う、うん……。わあ、いいてんきだなー。おやまがたかいなー」
 右手に広がる遠景に目を向けて空元気に声を出したものの、上擦っている。アシュレーは肩を竦め、それから彼女に手を差し伸べた。
「へ?」
「手を繋いでいれば、少しは恐くないだろ」
「そ、そう……だね。それじゃ、よろしく……」
 リルカは躊躇しつつも、手を出して握り返す。そうしてようやく一行は進み始めた。
 彼らがいるのは、ダムツェンの南方に聳えるテレパスタワーの頂上付近。方錐形の細長い石塔を鉄骨で囲んで支えているこの電波塔は、ファルガイアの全ての通信の中継地点になっているという。
 ダムツェンにいる塔の管理人に調査の許可を取ってから、彼らは塔へと向かった。入口の鍵も借りておいのだが、それは結局使われることはなかった。
 石塔の入口の鉄扉は、最初から大きく開け放たれていた。錠前も壊され、引き千切られた鎖が地面に無雑作に落ちていた。
 確かに、何者かが侵入したらしい。
 彼らも塔内に入り、下の階から順番に検めた。何が目的なのか。何をしようとしたのか。手分けして念入りに調べたものの、どの部屋にも侵入の痕跡は確認できなかった。
 だが、最上階まで来たところで──ようやくそれを発見した。
 最上階には外へと出られる扉があり、その扉が解錠されたままになっていたのだ。誰かが内側から錠を解いて、そのままになっている。
 扉を開けると、塔の外壁に沿って鉄骨で組まれた階段が螺旋状に続いていた。どうやら最上階のさらに上に、隔離された部屋があるようだ。察するに、この施設の中枢装置がある──制御室か。テロリストの狙いもそこに違いない。
 そうして彼らも制御室に向かおうと、吹き曝しの階段を上っていたところだった。アシュレーが先に立ち、リルカがその手にしがみつきながら続き、しんがりをブラッドが黙々と進んだ。
 ちょうど塔の外壁を一周したところで、扉に辿り着いた。錠前は塔の入口と同じように壊されていた。軋む鉄の扉を開け放ち、足を踏み入れる。
 制御室と思しき部屋は、不可思議な光で満ちていた。光源は中央の台座の上で浮遊する──巨大な石。円筒の硝子で覆われ、緩々と回転しながら碧色の光を放っている。
「キレイだね~。これがテレパスタワーの感応石かな」
 リルカが台座の前で碧色の石を見上げながら言う。
「感応石? それって……この通信機にも使われているやつか?」
 荷袋から出した機械を示してアシュレーが聞くと、リルカは振り向いて小首を傾げる。
「アシュレーって、意外とモノ知らないよね」
「いや、そっちの方面にはどうも疎くて……」
 年下の少女に指摘されて、頭の後ろを掻きながら言い訳をする。
「感応石ってのは、特定の電波を出したり受け取ったりできる石のことで」
 少し得意気に、リルカが説明を始める。
「ヒトが考えていること……『念』をその電波に乗せてやり取りするのが、いま使っている通信の仕組みなわけ。だから通信には必ず感応石が必要なんだ」
「『念』をやり取りするって……それじゃあ、別に声に出さなくても伝わるんじゃないのか?」
「うーん、まぁ基本的にはそうなんだけど……えっと、想念の固定化には言語が不可欠であって、実際に言語を発することによって想念が明瞭になるとか……まぁ、そういうこと!」
 後半は彼女らしからぬ言い回しだったので、教科書か何かの一文をそのまま引用しただけだと思われる。つまり、おそらくは、自分でもよくわかっていない。
「とにかく、通信には感応石がぜったい必要で、その感応石にもいろいろ種類があるんだ。送信しかできないやつ、送信も受信もできるやつ、それから、受信した電波を増幅してから送信できるやつ……」
「通信機に入ってるのは『送信も受信もできる感応石』ってことか」
 アシュレーが言うと、そうそう、とリルカは満足そうに頷く。
「そんで、ここにあるでっかい感応石は、電波をとんでもなく増幅して世界じゅうに発信できる特注品なんだ。だからテレパスタワーはぜんぶの通信の中継地点になっているわけ」
 ファルガイアの全ての通信がここに集約され、増幅されて、ファルガイア全域に発信される。そうした役割をこの塔は担っている、ということか。
 なるほどな、と言いかけたところで、台座の前で屈んでいたブラッドがいきなり立ち上がり。
「違うな」
「え?」
 重い声で否定されて、リルカは慌てた。
「い、今の説明、どこか間違ってた?」
「説明は合っている。だが──」
 ブラッドは台座の上の感応石を仰ぎつつ、言った。
「これはテレパスタワーの感応石ではない」
「どういう……ことだ?」
 アシュレーが尋ねると、ブラッドは首を動かし、彼の背後──部屋の隅に視線を向ける。
「テレパスタワーの感応石は、あっちだ」
「あ……あれが?」
 中央の石ばかり目立っていたので気づかなかったが、部屋の四隅にも小ぶりな石が台座に収まっていた。こちらは水色の光を控えめに放っている。
「じゃあ、この大きい石は」
「感応石には違いないが……増幅器ではないな。台座の具合から見て、設置されたのはつい最近──昨日か」
「昨日って……て、テロリストが置いてったの!?」
 驚いたリルカが中央の石からじりじりと後退る。
「まさか、いきなりドカンと爆発したりは……しないよね。ね?」
「破壊が目的なら、昨日のうちにさっさと爆破させるだろう」
 ブラッドが言うと、リルカはひとまず胸を撫で下ろす。それでも再び近づこうとはしなかったが。
「いったい何が目的でこんなものを……」
 アシュレーは茫然と石を眺める。感応石のこと自体、先程知ったばかりなのだ。この装置が何をもたらすものなのか、想像などつくわけもなかった。
「見たところ、これは通常の感応石ではないな。一般に使われる電波とは別の……」
 そこまで言ったところで、ブラッドが固まった。
「どうした?」
「……まさか」
 アシュレーの横で、彼は呟いた。
「映像、か」
「え──?」
 そこで、装置が動き出した。
 唸るような機械音と小刻みな振動。それと同時に台座から光の粒のようなものが大量に放出され、碧色の石に吸い込まれる。
 そして突然、石が──物凄い速さで回転を始めた。
「な、なに!? どうなったの?」
 リルカが壁にへばりつきながら叫んだ。アシュレーも一歩後退する。
「電波を受信している……ようだ」
 ブラッドは至近距離で装置を凝視している。彼はどこまで状況を理解しているのだろうか。
「電波って、どこから?」
 答えはなかった。代わりに装置の中から別の声が聞こえた。
〈……様、送信テス……です。いつでも……ます〉
 若い男の声のようだったが、ノイズ混じりで内容はわからない。もっと聞き取ろうとアシュレーが装置に歩み寄ったとき。
 目の前に──半透明の男の姿が。
「うわッ!」
 面食らったアシュレーは尻餅をついた。床に座り込んだまま改めて見ると、それは実物ではなく……石を取り囲む硝子の筒に投影されているようだった。
「やはり……ッ」
 それを見たブラッドが血相を変えた。そしてリルカに向かって叫ぶ。
「鏡を貸せ!」
「え、な、なに?」
 狼狽する少女のところに早足で歩み寄り、今度は声を押し殺して言う。
「鏡を持っていただろう。出してくれ」
「は、はいッ」
 リルカは慌ててポーチを開けて、手鏡を取り出す。
「ち、ちょっと、なにコレ!?」
 鏡面を自分の方に向けたところで、いきなり声を上げた。
「どうした?」
 アシュレーも駆け寄る。リルカは鏡を見つめたまま、あんぐり口を開けている。
「わたしの鏡に、へ、ヘンなオッサンが」
 彼女の頭越しに鏡を覗くと、そこには。
 硝子の筒に映っている男が──全く同じ姿で佇んでいた。
「これは……!?」
 像は同じだが、透明な硝子よりも鮮明に投影されていた。豪奢な軍服を纏い、鼠色の長髪を靡かせた壮年の男が、鏡の中からこちらを鋭く見据えている。手前には演台のようなものがあり、背後の壁には何かのマークが記された旗が掲げてあった。
「硝子、鏡、水面……反射する光沢面全てが受信対象だ」
 ブラッドが言う。表情は変わらないが、口の端が僅かに歪んでいた。歯を食い縛っている。
「受信、ということは……もしかして」
 アシュレーは今も激しく作動している装置に目を遣る。ようやく事態が呑み込めてきた。
「この装置が受信しているのは映像だ。こいつをテレパスタワーの感応石に直結することによって、映像を全世界に配信する──それが連中の目的だった」
「映像を配信って……テロリストが、なんでそんなこと……」
 リルカが聞くと、ブラッドは顔を背ける。
 そして、いつにも増して重々しい声で、言った。
「決起表明だ」
 男は徐に語り始める。
「無能な為政者──並びに、怠惰な日常を貪るばかりの蒙昧たる愚民どもに告ぐ」
 振り乱した銀髪。痩けた頬と鉤鼻。そして獲物を狙う猛禽のごとき双眸。
「我は革新的原理集団『オデッサ』が首魁、ヴィンスフェルト・ラダマンテュスである。まずはその名を確と胸に刻んでおくがよい」
 声はやや嗄れていたが、それでいて張りもあり、小声でもよく透った。
「ここ数年に発生した、諸君らがテロと称する数々の工作は、我らオデッサの手によるものである。我らの行いを誹る者も少なくなかろう。だが、それらは総て、新たな世界の礎を築く為に必要な犠牲であった」
 白いマントの内側から右腕を出し、演台の上に拳を置く。
「我らオデッサの目的は唯一つ。腐敗しきった旧き秩序を葬り去り、その骸の上に確固たる統一国家を創ること。必要な変化を妨げる旧弊を廃し、地位に胡座をかく権力者どもを追い出した後、この時代に即した秩序を築き上げる。この変革は必然である。天命を受けて私は実行しているに過ぎない」
 拳を振り上げ、演台を叩く。そして口調を荒げた。
「大地を見よ。奇怪な魔物どもが跋扈しているではないか。じきにファルガイアは異形のモノに埋め尽くされるであろう。だのに為政者どもは何もせぬ。原因は明白だ。国家間の利害の対立、永く続いた秩序がもたらす危機感の欠如。人々を導く筈の為政者がこの為体ていたらくでは、魔物に蹂躙されるのは時間の問題であろう」
 拳を降ろし、演台を離れる。
「故に我らは──決意した」
 演台の横で再び正面を向き、こちらを見据える。
「能無しの国王どもに成り代わり、このヴィンスフェルトが世界を導く。魔物の脅威を祓い、確固たる秩序と平穏を人々の手に取り戻す。その為ならば、喜んでこの身を捧げよう」
 滔々と語りながら、腰の剣をすらりと抜き放つ。そして勢いをつけて足許に突き立てた。刃は歪な鋸のような形状をしていた。
「良識ある民草よ、オデッサの名の許に集え。今こそ決起の時である。真の平和を自らの手で掴み取るのだ。役立たずの為政者どもを糾弾せよ。排除せよ。我らは諸君らの味方である」
 左の拳を胸の前に掲げ、何かを捻り潰すように力を込めた。それから挑むように睨みをきかせる。
「今、ここに宣告する」
 拳を下ろし、剣を地面から抜く。そして。
「オデッサは三大国家──メリアブール、シルヴァラント、ギルドグラードを標的と定めた。我らを侮ることなかれ。既にオデッサは国家に比肩する力を有している」
 刃の切っ先をこちらに突きつけ──。
「首を洗って待っているがいい。国王どもよ」
 不敵に、嗤った。
「ヴィンスフェルトおぉッ!!」
 突然、ブラッドが怒声を上げた。
 驚いたアシュレーが振り向くと、彼は装置の前に立っていた。硝子の筒に映る銀髪の男を猛獣の眼で睨んでいる。
 そしていきなり、その顔めがけて拳を繰り出した。甲高い音を立てて硝子が粉砕されたが、それでも装置は変わらず作動を続けている。
 アシュレーたちが唖然とする中、ブラッドは揺らめくように数歩背後に下がり、背負っていた大型ARMを取る。
「お、おいブラッド……!」
 制止しようとしたが、遅かった。彼はARMを肩に担ぎ、そのまま碧色の石めがけて砲弾を放った。衝撃音と共に石は台座から弾き飛ばされ、破片を撒き散らしながら後方の壁を突き破り落下していく。
 火薬の煙と埃が立ちこめる中、感応石を失った装置は程なく沈黙した。
「あ、オッサンが消えた……」
 リルカが手鏡を見て呟く。鏡面にはいつも通り彼女の姿が映っている。やはりあの装置が映像を配信していたようだ。
 ──それにしても。
「どうしたんだ、ブラッド。そんなARMをいきなり撃って……塔が崩れたらどうするつもりだったんだ」
 らしくない行動をアシュレーが咎めたが、彼は応じない。ARMを肩から下ろし、項垂れたまま硝子の散らばる地面を睨みつけている。
「あの、糞野郎……」
 鼻梁に皺を作り、憎々しげに言葉を吐くのを見て、アシュレーは感づいた。
 ──何か因縁があるのか。
 問い質そうと口を開きかけたところに、リルカが割って入ってきた。
「あーあ。ケガしちゃってるじゃない。まったくもう」
 立ちつくすブラッドを覗き込んで言う。見ると確かに、顔の横側──顎の輪郭に沿って赤い筋が流れていた。硝子の破片で頭のどこかを切ったのだろう。
 リルカは手鏡をポーチに仕舞い、代わりにカードらしきものを取り出した。確か魔術の紋章が描かれている……クレストグラフという呪符だ。
裡に眠りし癒しの力よ、我が命により覚醒せよナトゥーラ・レサニゴ・ヴェキージュ・デ・ミーア・オルドーノ
 口許に翳して呪文を唱えると、呪符が仄かに光を帯び始めた。そして持っていたパラソルの柄の部分に呪符を接触させる。光はパラソルへと転移した。
 リルカは三歩ほど離れたところから、ブラッドに向けてパラソルを軽く振った。傘の先端から放たれた光が彼の身体を包み込み、すぐに消えた。特に変化はなさそうだが……流れていた血は止まったようだ。
 治癒の──魔法か。使えるということは本人から聞いていたが、実際に使うところを見るのは初めてだった。
「……すまん」
「どういたしまして」
 表情も顔の向きも変えないままブラッドが礼を言うと、少女は屈託ない笑顔を返した。
 そのやり取りにアシュレーも少し緊張を緩めた、そのとき。
「わッ」
 突然持っていた通信機から音が鳴った。
「呼んでるんだよー。早く出た方がいいよ」
「そ、そうだな」
 しきりに鳴り響く呼び出し音に焦りつつ、スイッチを入れる。
〈アーヴィングだ。そちらはまだテレパスタワーか?〉
「ああ、そうだけど……その、さっきの」
〈映像なら私も見た。これが目的だった、ということだな〉
 さすがに察しがいい。説明の必要はなさそうなので、アシュレーは次の指示を仰いだ。
〈タワーの後処理は管理者の方に頼んでおく。君たちは引き続きテロリストを……『オデッサ』の足取りを追ってほしい〉
「けど、追えと言われても、一体どこに行ったのか……」
「ちょっと、なにアレ!?」
 突然リルカが叫んだ。通信機を耳に当てたまま視線を遣ると、彼女は穴の空いた壁の方を向いていた。
 アシュレーも同じように穴の向こうを見て……刮目した。
 大型ARMによって破れた壁からは青空が見えていたが──そこに、大きな鳥のようなものが浮かんでいる。
〈どうした?〉
 通信機からアーヴィングが尋ねてくる。
「何かが……こっちに」
 アシュレーは譫言のように返す。
 上空のそれは、確実にこちらに近づいてきていた。翼を広げた鳥に似た形状だが、その躯は金属のようだ。轟音を立てながら滑空する──鋼の鳥。
「あれは……!」
 ブラッドが再び動いた。破れた壁のところに駆け寄り、穴から身を乗り出して空を見る。
「バルキサスかッ」
「バルキサス?」
 アシュレーが聞き返す。ブラッドは答えなかったが、代わりに通信機から応答があった。
〈バルキサスだと? それは、スレイハイム戦役で使われた飛空機械のことか〉
「飛空機械……だって?」
 空を飛ぶ──機械。そんなものが。
 轟音が塔の上空まで来た。アシュレーは制御室を出て、外壁の階段から振り仰ぐ。
 空が一瞬、暗くなった。飛空機械が真上を通過しているのだ。凄まじい駆動音に鉄の足場が震える。襲撃を予期して身構えたが、巨大な鋼の鳥はそのまま塔の頂上を掠めて反対側へと飛び去っていった。
「どこ行くのかな」
 いつの間にかリルカも横に来ていた。アシュレーは無言で遠ざかる飛空機械を眺める。
 彼らの視線の先で、バルキサスが速度を緩めた。にわかに降下を始めて──遠方に聳える山の中腹あたりに、着陸した。
「山に……降りたみたいだ」
〈どこの山だ?〉
 アーヴィングが尋ねる。
「ここから東の方にある、岩だらけの……この辺じゃ一番大きそうだけど」
 アシュレーはこの地域の地理に詳しくない。辿々しい説明だったが、どうにか伝わったようだ。
〈恐らく、ケルテペッキョシルトリンゲロン山だろう〉
「け、ケルペッキョ?」
 あまりに長い名前なので聞き取れなかった。
〈通称ポンポコ山と呼ばれる鉱山だ。感応石の産地だったが数年前に閉山して、今では誰も近寄らない〉
「いかにもテロリストのアジトに使われそうな場所だね」
 リルカが言う。確かに人気のない廃坑は隠れ家にうってつけだ。
「ということは、あの飛空機械は」
〈先のテロリスト……『オデッサ』だろうな〉
 予想通りの答えだったが、逆にそれが疑念を抱かせた。
 あまりにも……タイミングが良すぎる気がする。
「他のテロリストの可能性は?」
〈なくはないが、低いだろう。先も言ったがバルキサスはスレイハイムの内戦で使われた兵器だ。あんなものを持ち出せるのはヴィンスフェルト以外に考えられない〉
「どういうことだ?」
 あの男──ヴィンスフェルトは一体──。
〈『オデッサ』首魁、ヴィンスフェルト・ラダマンテュスは〉
 その疑問に、アーヴィングが答えた。
〈五年前のスレイハイム戦役の重大戦犯──解放軍の元リーダーだ〉
 アシュレーはブラッドを見る。
 ──そういうことか。
 この二人は、かつて共に戦い、そして──。
〈ARMS諸君に通達する〉
 指揮官は通信機越しに命を下した。
〈『オデッサ』のアジトと思しき山に向かい、奴らの動向を探れ。戦闘も充分に想定されるため、各自準備を怠ることのないよう〉
「りょ、了解ッ」
 アシュレーは通信を切り、もう一度ブラッドを見た。
 五年前の『英雄』は、彫像のように固まったまま、東の山を眺めていた。
「まったく、待ちくたびれたぞ。チンタラ降りてきおってからにッ」
 塔を降りると、入口の前に妙な人物が待ち構えていた。
「ええと、な、何ですか?」
「何とは何じゃ。アーヴィングから手助けしろと言いつかったから、わざわざ来てやったと言うのに」
 声は女性の声だったが、分厚い着ぐるみのようなものを被っているため、顔も体型も全くわからない。子供が描いたお化けがそのまま出てきたような姿をしている。
「アーヴィングの、知り合いですか?」
「ペンフレンドじゃ。会ったことはない。というかこれから会いに行くところじゃった。そんなことより」
 さっさと話を変えられて、結局その恰好の理由は聞けなかった。
「ケルテペッキョシルトリンゲロン山に行くのじゃろう。わらわが送ってやる」
「送るって……?」
 怪訝な顔をすると、着ぐるみの女性は横に退いて、背後を示した。
 そこには二輪の乗り物らしき機械が停められていた。彼女が乗ってきたのだろうか。
「ここから山までは遠い。ダムツェンに戻り馬車を手配したとしても一時間以上はかかる。それでは間に合わないじゃろう」
「でも、その乗り物じゃ三人乗るのは……」
「一人はわらわの後ろに乗れる。後の二人は、そっちじゃ」
「え?」
 彼女に促されて見ると、二輪車の後部には台車が括りつけられていた。車輪の上に板きれを載せただけの、極めて簡素な台車だが。
「急拵えなのだから仕方ないじゃろうが。直接ロープで縛られて引きずられないだけマシと思え」
「は、はぁ……」
 気が進まない返事をしたが、彼女は意に介さず、さっさと二輪車に乗り込む。
「早よう乗らんかッ。ほら、そこの小娘、わらわの後ろじゃッ」
「は、はいッ」
 着ぐるみお化けに指名されて、リルカは慌てて背後に跨がる。仕方なくアシュレーとブラッドも台車に乗った。
「適当にしがみついておれ。振り落とされても拾わぬからなッ」
 言うが早いか、彼女は二輪車を動かした。急発進にいきなり転落しそうになるが、どうにか台車の隅を掴んで堪える。
「は、速い! 速いです!」
「急いでおるのだから速いのは当然じゃッ!」
 運転席のお化けは速度を緩める素振りもなく、猛然と車を走らせる。地面から伝わる振動に身体が弾き飛ばされ、巻き上がる土煙をもろに被って激しく噎せた。
「ひええええぇッ!」
 前方ではリルカが本日二度目の悲鳴を上げている。着ぐるみにしがみつき、必死に身を固くしているのが辛うじて見えた。
「これ、小娘! 変なところをまさぐるなッ。わらわにそっちの趣味はないッ」
「そ、そんなコト言っても……つかむトコが全然ないから……!」
「口を慎めッ! うぬも似たようなものではないかッ」
 何やら不穏な会話が交わされているが、それを気にする余裕もなく、アシュレーは必死に板きれに指を掛けて振動に耐えた。
 
 かくして、二十分足らずで『ポンポコ山』ことケルテペッキョシルトリンゲロン山に到着した。
「どうじゃッ。見事に間に合ったではないかッ」
 二輪車から降りた彼女は山を仰いでふんぞり返っている。山の上には果たして、停泊している機械の鳥があった。
「ど、どうも……助かりました……」
 アシュレーは台車から降りて、頭を抱えながら礼を言う。二十分間延々と揺さぶられた影響か、地面に立ってもまだ揺れているような感覚が残っている。
「う、わわッ」
 おかげで足を踏み出した途端にバランスを崩し、道の脇に積んであった瓦礫に尻から突っ込んでしまった。がらがらと石の山が崩れて、下半身が瓦礫に埋もれる。
「アシュレー、大丈夫?」
「ああ、ごめん……ん?」
 瓦礫から抜け出そうと身体を起こしたとき、足許に拳ほどの大きさをした石が転がった。半透明の翡翠色をした、綺麗な石だった。
「これも……感応石かな」
 石を拾って、まじまじと眺める。オデッサが仕掛けた装置の中にあった碧色の石と、色合いがよく似ていた。
「感応石の原石じゃないかな」
 リルカも腰を屈めて、石を見つめる。
「この山、昔は感応石がたくさん採れたらしいよ。でも全部が使えるものにはならないから、ダメっぽい石は、こうしてそのへんに捨ててたんだろうね」
「そうか」
 見ると確かに、煙を閉じ込めたような濁りが中に入っている。これでは感応石としては実用に堪えないのだろう。
 けれど──。
「持っていくの?」
 石を荷袋に入れようとするアシュレーに、リルカが尋ねる。
「ああ。土産にちょうどいいかなと思って」
「……ふーん」
 リルカは不思議そうに首を傾げていたが、不意に回れ右をしてブラッドの方へと駆けていく。
 ようやく地面が揺れるような感覚も消えたので、アシュレーは荷袋を担いで立ち上がった。そして二人のところに向かおうとしたとき──頭上から轟音が起こった。
「バルキサスが動くぞッ」
 ブラッドが叫んだ。見上げると、轟音は山の上の飛空機械から出ていた。アジトに潜伏していたテロリストを乗せて脱出するつもりか。
「くそ、逃げられてたまるかッ」
 ブラッドたちは既に坑道の入口へと走っていた。アシュレーもすぐさま後を追う。
「わらわはもう帰るからな。汝らは歩いて帰るがよい」
 背後から着ぐるみの彼女の声がした。
 坑道の中には生活の痕跡があった。アジトとして使われていたことは間違いなさそうだった。
 しかし──人の姿はなかった。既に出払ってしまったか。
 バルキサスの駆動音は変わらず響いている。まだ間に合うかもしれないと思い、彼らはさらに奥へと踏み入った。
 坑道の奥に昇降機リフトがあったので、それに乗って上層部に向かう。蛇のように曲がりくねった洞窟を進むと、前方に陽の光が射し込んだ。出口だ。
 彼らは一気に光の中へと飛び出した。目が慣れるのに時間を要したが、どうやら山の中腹に出たらしい。上空は青空、右手は断崖、そして左側の岩場には。
「これが……バルキサス」
 間近で見ると、鳥というより巨大な昆虫のようだった。剣のように鋭く長い角、堅い殻に覆われた胴体、そして突起がついた両翼。鉄骨の四つ足を地面に下ろして、停泊する機体を支えている。
 翼の中心にあるプロペラが回転を始めた。いよいよ飛び立つつもりか。
「させるかッ」
 ブラッドが再びARMを構えた。
「お、おいブラッド」
「飛べないようにするだけだ」
 見ると確かに砲身は片翼のプロペラ部分に向けられている。今度は冷静のようだ。
 戦士は腰を落とし、ひといきに引金トリガーを引いた。爆発音と共に砲弾が放たれる。弾は真っ直ぐ飛空機械の翼に向かい──。
「なッ──!?」
 翼に届く手前で、炸裂した。
「危ねぇ、危ねぇ」
 煙と埃の中から、野太い男の声がした。大きな影が飛空機械を庇うようにして──佇立している。
「いきなり押しかけてきて、そんなモンぶっ放すとはな。とんだお客様だ」
 横から風が吹き抜け、その姿が露わになる。逆立つ短い黒髪に、無骨な顔立ち。体格はブラッドと同じくらいだろうか。着崩した軍服からは分厚い胸板が見えた。
「あーあ。欠けちまってら」
 男は持っていた自分の武器を一瞥して、舌打ちした。鉄の棍棒にも見えたが、柄から先は数枚の刃で作られているようだ。刃の一部が欠損しているのは、ブラッドの放った砲弾を防いだ際のものか。
 キャノン砲の一撃を、こんな武器で弾き飛ばすとは──。
「何者だッ」
 アシュレーは銃剣を構える。男は大型ARMほどもある武器を軽々と肩に担ぎ、右眼だけでこちらを一瞥した。左目は潰れ、瞼には深々と傷痕も刻まれている。
「ったく。何なんだよ手前ェら。下の方でチョロチョロしてんのが見えたから待ってやってたって言うのに」
「待っていた?」
 アシュレーが問うと、隻眼の男はニヤリと歯を見せて笑った。
「なんせさっきの演説じゃあ、俺たちのことは全く出てこなかったからな。ここらでアピールしとかねぇと」
「相変わらず下らないこと考えてるな、お前は」
「──ッ!」
 別のところから声がした。反対側の主翼の上に、いつの間にか複数の人影があった。
「我々はただ、ヴィンスフェルト様の命ずるまま動けばいいんだ。目立つ必要などない」
「へいへい。真面目君はお堅いねぇ」
 影は三つ。主翼から飛び降りて、隻眼の男と合流する。
「お前たち……やはり『オデッサ』なのか」
 油断なく牽制をしながら、再びアシュレーが尋ねる。
「おうよ。俺たちはな──」
「我ら四人はオデッサ特選隊『コキュートス』。ヴィンスフェルト様に従い、その理想を実現させんがために動く、忠実なる僕である」
 まだ幼さの残る風貌をした若者が答えた。名乗り損ねた隻眼が不平そうにごちる。
「何だよ。折角の口上を取るんじゃねぇよ」
「お前に任せると、ろくなこと言いそうにないからな」
 バレたか、と隻眼はげらげら笑う。
 そのやり取りを見て、アシュレーは感づいた。
 体格のいい男と細身の若者──。
「交易路の爆破とテレパスタワーへの侵入は、お前たちの仕業だな」
 確信したアシュレーが言うと、隻眼は何を今さら、という顔をする。
「工作はもっぱら俺たちの仕事だ。ついでに言うとな、剣の大聖堂のアレも、こいつの魔術でやったことだよ」
 男が隣の華奢な若者を示して言う。アシュレーは絶句した。
 あの惨劇を──こいつが。
「……ッ、それなら……話は早い」
 暴発しそうな感情をどうにか押しやって、アシュレーは告げた。
「殺人及び殺人未遂、そして建造物の破壊と侵入の容疑で、お前たちを拘束するッ」
「はぁ? 拘束ぅ?」
 若者の後ろにいた丸眼鏡が、男にしては甲高い声で哄笑した。
「きみ、状況が全然わかってないみたいだねぇ。お・ば・か・さ・ん」
「何を……ッ!」
 挑発されたアシュレーは銃口を向けようとした──が。
 なぜか腕は動かなかった。……いや、腕だけではない。いつの間にか全身がの自由が利かなくなっていた。
「な、なに、コレ……!」
 すぐ横でリルカが声を上げる。見ると、彼女の腕や身体に細い金属の糸が幾重にも巻きついていた。それでようやく、自分の身体にも同じものが絡みついていることに気づく。
 いったい──いつの間に──!
「拘束されたのは手前ェらの方だったな」
 隻眼が余裕の笑みを浮かべ、そして背後に立つ赤髪の女に目を向ける。彼らに巻きついていた糸は全て、その女の手から出ていた。
「下手に動かない方がいいわ。余計に食い込んで……痛みが増す」
 両手の指で糸を手繰るような仕種をしながら、淡々と女が言う。確かに動こうと藻掻くほどに締めつけが強くなっている。
 飛空機械の駆動音が大きくなった。四人のテロリストの背後で旋風が巻き起こり、砂塵が舞う。
「んじゃ、離陸準備もできたようだし、そろそろ退散するか」
 黒髪を撫で回しながら、隻眼の男が言う。細身の若者は既に機械の腹部から下ろされた階段へと向かっている。
「こいつらどうするの? 今のうちに殺っちゃった方がいいんじゃない」
 丸眼鏡が尋ねると、隻眼は馬鹿言うなと返す。
「ここで殺しちまったら、折角のアピールが無駄になっちまうじゃねぇか。こいつらには俺たちのことを世間に広めてもらわねぇとな」
 ただ──と、男は言いながらブラッドのところに歩み寄る。
「危ねぇから武器だけは潰しておくかな」
 同じように身動きが取れないブラッドからARMを奪うと、足許の地面に落とした。そして担いでいた武器を振り上げ、ひといきに振り下ろす。
 大剣を束ねたような武器の一撃で、大型ARMは呆気なく粉砕された。鉄の砲身は大きく拉げ、中の部品も弾け飛んで地面に散らばった。もはや修理すら不可能だろう。
「それじゃ、僕はこっちを」
 死角から打ち据えられて、アシュレーは声を上げる間もなく倒れた。地面に転がされ、汚れた靴の裏で顔を踏みにじられる。
 靴の脇から、丸眼鏡をかけた男の顔が見えた。男は蔑むようにこちらを見下ろしたまま、腰に手を伸ばし銃身の長い拳銃を抜く。そしてアシュレーの腕の付け根あたりに銃口を押しつけて。
 銃声。
「ぐあッ!」
「アシュレーッ!」
 衝撃の後、遅れて激痛が襲ってきた。無意識に撃たれた肩口に手をやる。動きを封じていた金属の糸はいつの間にか消えていた。
「おい、何してんだ」
「いいだろこれくらい。死にはしないよ」
 丸眼鏡は銃を収め、ひらひらと手を振りながら踵を返して飛空機械へと乗り込む。糸を操っていた女の姿は既にない。
「けッ。まぁいい。それじゃ、精々俺たちのことを宣伝してくれよ。俺たちは」
 オデッサ特選隊『コキュートス』──。
 その名を残して、隻眼の男は去っていった。
「あ、アシュレー、いま魔法を……ッ!」
 頭が痺れてきた。ポーチを開けて中を探る少女の姿が遠ざかる。飛空機械の音も、頬に吹きつける風の感触も、徐々に奪われていく。
 朦朧とする意識の中で、彼が最後に見たものは。
 
 ──殺せ。
 ──我らの前に立ち塞がるモノは、何もかも。
 ──壊しテシマエ。
 
 焔だ。
 闇よりもなお黒い、焔が、僕の中に──。