■ 小説 WILD ARMS 2nd IGNITION


Episode 4 少年ARMSの冒険

 それは、とある昼下がりのことだったという。

「ふわあぁぁぁぁ……」
 雑草の絨毯に半ば埋もれて寝転がっていたトニーが、空に向かって大欠伸おおあくびをした。白昼の青空には、羊のような雲が群れをなして暢気のんきに漂っている。
「暇だなぁ。なあスコット、なんか面白いことない?」
「漠然とした質問につき返答しかねます」
 隣で黙々と編み物をしていた友人にすげなく返され、小柄な少年はああそうかよと頬を膨らませる。
 孤児院の裏手にある小高い丘に、彼らは集まっていた。院で暮らす子供にとって、この丘は一番の遊び場であり憩いの場でもある。トニーもスコットも、そしてティムも、特に用事がなければここに来て、思い思いの時間を過ごすのが常となっていた。
 最近はヴァレリアの館の用事などで足が遠のいていたが、ボフールの手伝いも一段落して時間を持て余してしまったので、彼らは久し振りにこの丘で暇を潰すことにしたのだった。
 すっかり眠気が飛んでしまったトニーは、身体を起こして振り返る。
「あれ、ティムは?」
 丘の頂上にあるにれの木の下。そこがティムの定位置になっているのだが、今はその姿がない。
「下でケーシィと話していましたよ」
「ケーシィと? 珍しいなぁ」
 トニーは草原の広がる傾斜を見渡したが、人の姿はなかった。どこか別の場所にいるのだろうか。
「あの二人、そんな仲良かったっけ?」
「わたくしの知る限り、ほとんど接点はなかったかと。ケーシィが来たのはつい四ヶ月前ですし、あのティムが自分からアプローチするとも考えにくいです」
「だよなぁ」
 ケーシィはトニーたちより二つほど年下の少女だ。今年始めに孤児院に入ったのだが、厳密には孤児ではない。唯一の肉親である父親が遠方に出稼ぎに行くことになったため、帰ってくるまでの世話をシスターに頼んだらしい。性格はティムに輪をかけて内気で、トニーなどは一度も言葉を交わしたことがなかったのだが。
「まぁ、わりと似てるトコあるからなぁ。話は合いそうな気もするけど」
「どうでしょうか。……おや、来ましたね」
 スコットが編み物の手を止めて顔を上げた。トニーも同じように見る。つづら折りの坂道の半ばほどに、麦穂の色の髪を揺らしながら歩いてくる少年の姿があった。
「ケーシィとデートしてたんだって?」
 早速トニーがからかうと、丘を上ってきたティムは血相を変えて首を振る。
「は、話はしたけど……そういうのじゃなくて……ッ」
「そんなムキになるなよ。意識しすぎ」
 けらけらと笑い飛ばすトニー。ティムは色白の顔を赤くしつつ、ズボンのポケットから何かを取り出す。
「なんだ、それ」
 差し出されたそれを、スコットと二人で覗き込む。どうやら手紙のようだ。
「ケーシィから預かったんだ。これを……ケーシィのお父さんに、届けたいんだけど……」
「はぁ? どういうことだよそりゃ」
 トニーが問い質すと、ティムは辿々たどたどしく説明を始める。
 ケーシィの父親は、シルヴァラント王国のハルメッツという街にいるらしい。農業国として知られるシルヴァラントでは、春や秋の繁忙はんぼう期には地元の農夫だけでは人手が足りなくなり、そのため他の地域から人を雇って耕作に当たらせることが慣例となっている。彼女の父親もそうした臨時農夫として雇われた一人なのだろう。
 孤児院に預けられて以来、ケーシィは定期的に父親に手紙を出していたという。返事はきっちり十日後に来て、それを読んだ彼女が再び返事を書く。親娘の文通は三ヶ月ほど続き、慣れない孤児院で心細い日々を送っていた彼女の大きな励みになっていた……らしい。
 だが、先月末を境に、父親からの返信が──ぱったりと途絶えた。
 手紙が届かなかったのかと思い、念のため何度か送り直したが、やはり返事は来なかった。何か手紙を出せない事情が起きたのだろうか。事故か、病気か……彼女の心配は日ごとに膨らみ、眠れない夜が続いたという。
「泣いてたんだ、さっき」
 ティムが言う。まだ心なし頬が染まっていた。
「すごく辛そうにしてたから、思わず……声をかけたんだ。そしたら、その……話してくれて」
「それはわかったけどさ」
 トニーが大人びた溜息をついてから、言った。
「そんな手紙受け取って、どうすんだよ。どうやってケーシィのオヤジさんに届ける気なんだよ」
「シルヴァラントはここから西方にある別大陸の国です。行くには船に乗るしかありませんが」
 我々には船賃もありませんし、そもそも子供だけでは乗せてくれないでしょう、と相変わらず冷静な口調でスコットが言う。
「うん……だから、アシュレーさんに頼めないかな、って……」
「あんちゃんに?」
 ティムの自信なさげな提案に、トニーは眉根を寄せる。
「あのな、あんちゃんはすげぇ大変な仕事してんだぞ。こないだも大怪我したって言うし。そんな人にそんなお使いみたいなこと頼めるかよ」
「ARMSは緊急任務に特化した部隊ですからね。その性質上、常時待機が必須でしょう。のんびり船旅ができるような余裕はないと思われますが」
 友人たちにそれぞれ否定されて、ティムはみるみる涙目になる。
「あーもう、泣くなって。一緒に他の方法を考えてやるから」
 親分肌の少年は励ますようにティムの肩を叩いてから、どっかりと座り込み腕を組む。
「誰か別の大人に頼めるといいんだけどなぁ……あんちゃん以外に頼めそうな人は」
 羊雲を見つめながら順繰りに知り合いの顔を思い浮かべたが、該当者はいなかった。
「大人に頼めないなら、密航という手も一応はありますが」
「み、密航?」
 意外なところからとんでもない提案が出てきたので、トニーは目を白黒させた。
「スコット、おまえ時々すげぇこと言い出すよな……」
「可能である限り、どのような選択肢も検討されなくてはなりません」
 冷静すぎる友人は、無謀なのか慎重なのかわからないことを言う。
「船を使わないで、なんとか届けられないかな……」
 ティムはか細い声で言う。なるべく荒事にしたくないのだろう。その気持ちはわかるが。
「船を使わずに、って、どうやるんだよ。普通に郵便で出しても返事がないんだろ。だったら直接届けるしかないじゃん。船以外でシルヴァラントに行く方法なんて……」
 そこで、ふと思い出した。
「……ん、いや、待てよ待てよ」
 そして──ひらめいた。
「そうだ、あるんじゃん! すげえ! めっちゃ楽しそう!」
 突然立ち上がって叫ぶトニー。それから、きょとんとする二人を見渡して宣言した。
「行くぞみんな。少年ARMSの初任務だ!」
「……わたしくなりの結論といたしましては」
 スコットが言う。
「何やらとても、イヤな予感がいたします」

「アシュレー」
Bakery Portoベーカリー ポルト』の扉を開けると、店番をしていたマリナが目を丸くした。
「ただいま」
 いつものように入ってくるアシュレーを、彼女はカウンターから出て出迎える。
「怪我したって聞いたけど……大丈夫なの?」
「ああ。もうすっかり良くなったよ」
 アシュレーは撃たれた方の肩を軽く回してみせた。痛みは既になく、傷口も縫合ほうごうすることなく塞がっている。
「無理してる……わけじゃないよね」
「本当に大丈夫だよ。逆に調子いいくらい」
 まだいぶかしむマリナを安心させようと、明るい声で返す。
 実際、自分でも不思議なほどの回復力だった。
 いくら魔法による応急処置があったとはいえ、銃弾で貫かれたのだ。後遺症も痛みも残らず、たった二日足らずで完治するなど……通常ではあり得ない。
 ──僕の中で、何かが起きている。
 あの惨劇の日以来、漠然と感じていた自分の中の「変化」。それが徐々に形を成し、今でははっきりとした「存在」として実感できるようになっていた。銃で撃たれたときに聞いた、あの声は確かに──。
「どうしたの?」
「あ、ああ」
 マリナの声で我に返る。
「やっぱり、少し休んだ方がいいんじゃない? 部屋に戻る?」
「いや、平気だよ。それより」
 心配する幼馴染みに笑みを返して、それから担いでいた荷物を下ろす。
「お土産……って言っても、落ちてたものなんだけどさ」
 翡翠ひすい色の石を取り出して、マリナに手渡す。
「感応石の原石らしいよ。正確にはなり損ない、かな」
「感応石って、通信とかに使われている石のこと?」
 こんな宝石みたいなんだ、とマリナは石を目の前にかざして感心する。
「『オデッサ』がアジトとして使ってたケルペ……ポンポコ山ってところが感応石の産地だったんだ。もう採掘はしてないみたいだけど、感応石として使えない原石が入口のところに積まれてて」
「それを拾ってきたの? テロリストのアジトに潜入しようってときに?」
「え、あぁ、いや……綺麗だったからさ、お土産にいいかなって、つい……」
 頭を掻いて弁明すると、マリナは吹き出すように笑った。
「緊張感ないわねぇ。でも少し安心した」
「安心?」
「そういう抜けたところ、変わってないなって思ったから」
 幼馴染みは微笑を残したまま、再び石に目を落とす。
「感応石、か。人の『念』を伝えることができるんだよね」
 両手で包み込むように石を抱えながら呟く。赤毛の後ろ髪が頬に流れ、項が露わになる。その肌の白さにアシュレーはどきりとして、慌てて視線を逸らした。
「こうして念じれば……遠くにいるアシュレーにも私の言葉が届いたりするのかな」
「どうかな……不純物が多いから、ちゃんとした通信には使えないみたいだけど。……ああ、そうだ」
 思いついて、荷袋から別のものを取り出す。小型の機械の箱──通信機。
「これで受信できないか、今度試してみようか。寝る前にでも、時間を合わせてさ」
 スピーカーを耳に当てる仕種をしながら、アシュレーは言った。
「そうね。私も……念じてみるよ。アシュレーに届くように」
 マリナは眼を細め、今度はほころぶように笑った。
 ──変わってないのは、お互い様だ。
 アシュレーも、少しだけ安心した。
「あ、あの~」
 背後の扉が少し開いて、声がした。
「お取り込み中、大変おこがましいことでございますが……」
 妙な敬語を使いながら扉の隙間から頭を出したのは、亜麻色の髪の少女。
「リルカ、どうしたんだ?」
「どうしたんだ、って、こんな外からスケスケの店の中でおふたりが……あー、いいです、もう」
 リルカは呆れたような顔をしながら、店に入ってくる。
「パン買いに来たの? それともアシュレーに用事?」
 カウンターに戻ったマリナが尋ねると、リルカは両方です、と答えた。
「とりあえず、焼きそばパンください」
「今日はいくつ?」
「六つ。ひとつは今食べちゃいます」
 言いながら棚に近づき、並んでいた焼きそばパンを早速つまみ上げた。
「よく食べるなぁ……さっき昼食べたばかりじゃないか」
「わほうっへ、ふふぁうふぉ、おはふぁふぇうはふぁ」
 パンを口いっぱいに頬張りながら言い訳しているが、もちろん聞き取れない。
「リルカちゃんくらいの歳なら、これくらい食べても平気よね」
 羨ましいなぁとリルカの食べっぷりを眺めながら、マリナは残りの焼きそばパンを紙袋に詰める。
「それで、僕に用事ってのは?」
「あー……んっ、そうそう」
 最後の一口を呑み込んでから、アシュレーに向き直る。
「緊急招集。至急本部に戻れってさ」
「そっちを先に言えよッ」

 それは、西陽が地平線に隠れようとしていた、夕暮れのことだったという。

「な、なぁ、スコット……」
「何でしょう、トニー君」
 茂みの陰に身を潜め、互いの頭がぶつかるほどの距離で、少年たちが小声でささやき合っている。
「これ……どうしたらいいと思う?」
「なかなかに難題ですね。ふむ」
 スコットは首を伸ばして、茂みの向こうを覗き込む。トニーも恐る恐る顔を上げた。
 彼らがいるのは、鬱蒼うっそうとした森の入口付近。タウンメリアを出て三時間ほど、休憩も挟みつつひたすら歩いて、ようやくここまで辿り着いた。目的地はこの森をさらに進んだ先なのだが──。
 唯一のルートと思しき場所には、先客がいた。
 赤い球体のようなものが三つ、道を塞ぐようにして浮かんでいる。
「魔物……だよな、あれって」
「通称『バルーン』と呼ばれる魔物ですね。ここ数年、メリアブール全域に急増しているとのことです」
 スコットが解説する。トニーも話には聞いていた。普段はふわふわと漂っているだけの魔物だが、人間を見つけると見境なく襲ってくるという。最近は街道にも出没しているらしいので、ここに来るまでの間に遭遇しなかったのはむしろ幸運だったのかもしれないが。
「オレたちだけで……倒せるかな」
「どうでしょう」
「え、ち、ちょっと」
 二人で話し合っていると、後ろで青い顔をしたティムが割って入ってきた。
「まさか、戦うの?」
「だって、しょうがねぇじゃん。他に道はなさそうだし、ちっともどいてくれそうにないし」
 トニーが言うと、ティムは泣きそうな顔をした。
「ね、ねえ、やっぱり……帰らない? 今なら晩ご飯くらいには帰れそうだし」
「あのな」
 トニーは及び腰の少年に向き直る。大きい声が出せないので、口調も知らずと説教っぽくなる。
「元はといえばティムが持ってきた話だろ。みんなでやるって決めたんだから、最後までやり通さないと」
「で、でも、ボクは……」
「ティム君、その杖を下ろした方が。魔物に気づかれます」
 スコットに指摘されて、ティムが慌てて抱えていた杖を下ろす。華奢な少年は自分の背丈よりも大きな杖を持ってきていた。母親の形見ということだが。
「そんな大層な武器持ってるんだから、そいつでバーンってやっつけちまえよ、ティム」
「む、無理だよボクには。これはお守りみたいなもので……」
 涙声で言い訳するティムを、トニーはわかったわかったと制する。
「スコットは、何か武器持ってるか?」
「わたくしは頭脳労働担当を自認していますので、そういったものは持参しておりません。言うなればこれが武器です」
 自分のこめかみを指さして、なぜか得意満面のスコット。トニーは溜息をつく。
「そういうトニー君は、何か持っているのですか?」
「うん、まぁ……あるにはあるけど」
 背負っていたリュックに手を伸ばして、中から鉄製の工具を取り出す。ボフールの工房から拝借してきたものだ。
「こんなので、倒せるかなぁ……」
 工具を握ったまま、再び茂みの向こうに目を遣る。
 三匹の魔物は依然としてそこにたむろしていた。いずれも破れた風船のような赤い球体に、獰猛どうもうそうな顔が張りついている。破れ目から時折噴き出る黄色いものは浮遊する元になっているガスだろうか。今はただ所在なさげに漂っているだけだが……果たして強いのか弱いのか、どうにも推し量ることのできない外見だ。
「わたくしなりの結論といたしましては」
 頭脳労働担当が横から進言する。
「あの魔物に襲われて命を落としたという話は聞いたことがありません。精々せいぜいが怪我をしたという程度です。つまり」
「そんなに強くはない、ってことか」
 だが、それは大人が遭遇した場合のことだ。自分たちは大人よりも弱い子供、そのうえ相手は三匹もいる。
「まともに戦うのは、やめておいた方がいいかなぁ……」
 少なくとも無傷では済みそうにない。怪我でもすれば先に進むのは困難になる。
「よし、オレがあいつらを引きつける。その隙にふたりは先に」
「囮になる気ですかトニー君? いくら強くない魔物でも、多勢に無勢では」
「適当にやり過ごして逃げることくらいはできるよ。この中で一番すばしっこいのはオレなんだから、適役だろ」
 腹を決めたトニーは、足許に転がっていた拳大の石を拾う。
 身構えながら『枯れた遺跡』でのことを思い出す。危険を顧みず自分を守ってくれたアシュレーの勇姿を、今の自分に重ね合わせて。
 そう。アシュレーに憧れているのは何もティムばかりではない。
 ──オレだって、あんちゃんみたいに。
 みんなを守ってみせる──!
 茂みから飛び出し、思いきり石を投げつけた。
 石は魔物の一匹に命中し、反対側の茂みまで突き飛ばした。
「よっしゃ、ストライク!」
「いや、デッドボールではないですか?」
「いいから行けよ、お前らッ」
 呑気に指摘するスコットに叫んでから、さらに魔物に接近する。
「よーし、今度はこっちの攻撃だ。宇宙の果てまでかっ飛ばしてやるぜッ」
 工具をバットに見立てて構えたが、ボール……もとい、バルーンは二匹同時に襲いかかってきた。
「うわっ、待てよ、卑怯だぞ。一球ずつ来やがれッ!」
 体当たりしてくる球体をどうにか躱しつつ、工具を振り回す。だが敵も意外に俊敏でなかなか当たらない。
「あッ」
 そうこうするうちに、石礫いしつぶてを食らった一匹が戻ってきた。気づいたときは既に遅く、トニーは背中に不意打ちを食らい、地面に突っ伏した。
「わ……ああぁッ!」
 手をついて起き上がろうとする少年に、魔物がいっせいに飛びかかる。凶悪な面相が目の前に迫り、鋭い牙の生えた大口が開かれ──。
 目の前から、消えた。
「え?」
 横の方からボン、と何かが弾けるような音がした。振り向くと、道端の木のあたりに黄色い煙が漂っている。バルーンの内部に充満していたガスのようだが──バルーン自体は見当たらない。
 トニーは呆気にとられつつ周囲を見回した。頭上には、驚いたのか攻撃をやめて静止している魔物。その数は二匹に減っていた。
 そして、彼の目の前には──。
「ティム……おまえ」
 麦穂の髪を振り乱しながら、少年が立っていた。
 その手には母の形見の杖。振り抜いた格好のまま、固まっていた。
 ティムが、魔物を──?
 それに気づいた残りのバルーンが、標的をティムに変えて襲いかかる。トニーも慌てて起き上がったが、一歩遅れた。
「逃げろ、ティム!」
 だがティムは逃げなかった。青ざめた顔をしたまま、杖を再び構えて、叫んだ。
「うわあああぁぁぁッ!」
 杖が強烈な光を放った。目が眩んだトニーは腕で顔を覆う。
 頭上で気配が動くのを感じた。腕で光をさえぎりつつ覗くと、魔物たちが逃げ出していた。右往左往しながら森の奥へと散っていく。
 魔物の姿が完全に見えなくなると、光も消えた。トニーは腕を下ろし、再び少年を見る。
「トニー……く、ん?」
 ティムは血の気の引いた顔をこちらに向けると、糸の切れた操り人形のようにへなへなとその場に座り込んだ。
「お、おい、今のなんだよ。すげぇ光だったけど」
「よく……わからない……」
 杖を抱えたまま、譫言うわごとのように答えるティム。
「ただ、トニーくんが危ないって思ったら……そこからは夢中で」
 夢中で──あんな光を?
「友情の成せる業ですなあ。いやはや素晴らしい」
 いつの間にかスコットも隣に来ていた。
「お前、どこにいたんだよ」
「様子を窺っておりました。的確な状況判断のためには、まずは観察です」
 要するに見てただけじゃないかと思ったが、突っ込む気力もなかったので溜息だけを吐いた。
「それにしても、まさかその杖にあのような不思議な力があったとは」
「うん。ボクも……知らなかった」
 ティムは抱えている自分の杖を見る。
 あの瞬間、放たれた閃光は──。
「なあティム、あれって」
「え?」
「……いや、なんでもない」
 果たして杖の力なのか。それとも。
 ティム自身の力では、なかったのか──。
「……あぁ、もう真っ暗じゃないか」
 頭を振ってから、空を仰いだ。枝葉の隙間から見える空は群青ぐんじょう色だった。
「日が沈む前に到着したかったんだけどなぁ。仕方ないや。今日はここまで」
「え、帰るの?」
「なに言ってんだよ。野宿だよ。食べ物とか道具も持ってきてるし」
「そ、そんな、こんなとこで……」
 座り込んだまま涙目になるティム。トニーはリュックを下ろして野営の準備を始める。
「トニー君、目的地はまだ遠いのですか?」
「いや、もう近くだと思うよ。この森自体そんなに大きくないし。ただ夜の移動は危ないからなぁ」
「賢明ですね。ほらティム君、日が昇るまでの辛抱です。頑張りましょう」
 スコットは腰を屈めてティムを励ます。あれで案外、面倒見のいいところがあるのだ。
「あと、少し……なんだよね」
 鼻を啜りながら、ティムが立ち上がる。
「ああ。もうちょっとだ。シルヴァラントに行って手紙を届ければ、ご褒美にケーシィがチューしてくれるかもしれないぞ」
「な、なんでそんな……ボクは別にッ」
 真っ赤になって首を振るティムを、トニーが笑い飛ばす。スコットも笑っている。
 ──ああ、これだ。
 気心知れた仲間との冒険。みんなで笑い、みんなで考え、みんなで支え合って、危機を乗り越えていく。これこそが自分の求めていたものだ。
 そして──あと少しで辿り着く。目的はケーシィの手紙を届けることだが、それはトニーにとっては方便に過ぎなかった。
 なけなしの小遣いを叩いて買ったARMの専門書。その中にはロストテクノロジーに関する記述もあった。
 ARMとロストテクノロジーは密接に関係している。元を辿ればARMの原理はロストテクノロジーを利用したものだ。そのためARMマイスターもロストテクノロジーの理解は欠かせない。
 だから、見てみたかった。ARM技師を志す者として。
 この森の中央にあるという、ロストテクノロジー──。

 ──生命力反射転送装置ライブリフレクターを──。

「ライブリフレクター?」
 アシュレーが聞き返すと、指揮官は神妙に頷いた。
 ヴァレリアのシャトーの、ARMS作戦本部の中である。
「それは確か、ロストテクノロジーの……テレポート装置だったけ?」
「転送装置だね。魔法ではないからテレポートとは違う」
 いつものようにけんのある表情で一同を見据えて、アーヴィングが言う。
「緊急任務の部隊が悠長に船旅という訳にもいかないからね、シルヴァラントへはこれを使って行ってもらう。管理者である両国の許可も取得済みだ」
「あのー」
 リルカが恐る恐る挙手をする。
「それってテレポート……じゃないか、転送に失敗したりなんてことは……」
「私が知る限り、失敗例は一度もないよ」
「そ、そうですか。それはなによりです」
 ホッと胸を撫で下ろすリルカ。よほどテレポートにトラウマがあるらしい。
「ただ、長期間使用していないため何らかの不具合が生じている可能性も考えられる。何か異変を見つけた場合は速やかに報告すること。追って指示を出す」
「や、やっぱり危ないんじゃないんですかッ」
 取り乱すリルカはひとまず放っておいて、アシュレーは指揮官に尋ねる。
「それで、シルヴァラントに着いてからは? 陛下に謁見すればいいのかな」
「ああ。この親書を渡してほしい」
 アーヴィングは机上に置いてあった紙筒をアシュレーに手渡す。国王に向けた文書ということで、より高級な羊皮紙ヴェラムが使われている。
「内容はシルヴァラント領地、領海、領空の自由通行許可、及び管理するライブリフレクターの使用許可を請うものとなっている」
「要するに俺たちの行動の邪魔をするな、ということか」
 ブラッドが唸るような声で言う。
「そんな法外な要求を、先方が呑むと思うか?」
「無論このままでは無理だろうな。まあ、外交とは即ち駆け引きだ。通らぬものをいかに通してみせるか──可能な限りの手は打ってみるよ」
 どうやら何か策がありそうだ。裏取引のようなものだろうか。
 聞いていいものか迷っているうちに、先に進められる。
「最初に述べたように、敵が飛空機械を入手したと判明した以上、こちらも同等のもので対抗する必要がある。だが無法者が自由気ままに飛び回れるのに対し、我らは領土という見えない鎖で縛られている。まずは一本ずつ、鎖を解いていかねばならない」
「なんだか納得いかないな」
 リルカが口を尖らせる。
「わたしたちはみんなの敵をやっつけようとしてるのに、味方に足を引っ張られるなんて」
「正義の味方の辛いところだね」
 少し戯けたような笑みを浮かべて、アーヴィングが言う。
「無法者はルール無用で破り放題だが、取り締まる側はあくまでルールを遵守しなければならない。破った時点で無法者と同類と見做みなされてしまうからね。正義を標榜するということは、かせをつけて戦うということでもある。覚悟を持って臨まなくては正義は貫けない」
「正義を貫く覚悟、か」
 アシュレーは反芻はんすうする。
 果たして自分にそんな覚悟はあっただろうか。
 すべての人を幸せにしたい。その決意は今でも揺らいでいない。だが、それを実現させるには何かが足りないとも感じていた。
 ──覚悟、なのかもしれないな。
 現実を直視し、事実を受け容れ、それでいてなお理想を貫き通す。大事なものが損なわれ、うしなうことがあろうとも、惑わず迷わず突き進むだけの覚悟──。
 それが、正義──英雄の道か。
 ──『剣の聖女』も、そんな覚悟を抱えて戦ったのだろうか。
出立しゅったつは明朝。それまで各自準備を整えておくように」
 指揮官からの通達が終わり、その場は解散となった。

 それは、皓々こうこうと月の輝く夜更け過ぎだったという。

「ん……」
 たきぎの爆ぜる音で、トニーは目を覚ました。
 無雑作にごろりと仰向けになって、寝ぼけ眼で空を見る。右側がやや欠けた月が出ていた。しばらくぼんやりとそれを眺めていたが、尿意を催していることに気づいて身体を起こす。
 隣ではスコットが眠っていた。共用していたはずの布をちゃっかり独り占めしている。寒かったのはそのせいか。
 ティムは近くにいなかった。交代で番をすることになっていたから、どこかで起きているのだろう。
 振り返ると、バルーンと遭遇した道のあたりに果たして、少年の姿があった。
 トニーは息を呑む。
 彼は──輝いていた。
 先程のような強烈な光ではないが、仄かに白く、まるで月のように──。
 ……ああ、月か。
 何てことはない、頭上の月の光を受けていただけだった。暗い森の中だと月明かりでもこんなに明るく感じるのだなと、トニーは改めて感心した。
「トニーくん、起きたの?」
 月の下で、ティムがこちらを向く。トニーは返事をして寝床から抜ける。
「ションベン。ちょっと失礼するよ」
 ティムの横に立つと、道の脇の茂みに向かってズボンを下ろす。
「ち、ちょっと……なんでこっちでするのさ」
「だって恐いじゃん。ヘビとか出てきたら、ちんこ噛まれないように追っ払ってくれよ」
 困った顔をするティムを後目しりめに、トニーは溜まっていたものを排出する。
 すっきりしてからズボンを上げて、再び振り向く。ティムは横の幹に寄りかかって足許を見ていた。
「なあ」
「ん?」
 不意に思いついて、尋ねてみた。
「ティムって、その……バスカーっていうところから来たんだよな」
「うん。ボクは憶えてないけど」
 ティムは物心つく前に母親に連れられてタウンメリアに来たという。だから憶えていないのは当然なのだが。
「母ちゃんもか?」
「え?」
「母ちゃんのことも覚えてないのかな、って」
 ティムは怪訝な顔をする。あまり面と向かってこういう話をしたことがないからだろう。
 少し考えてから、少年は答える。
「あたたかかった……かな」
「あたたかい?」
「抱かれていたときの記憶かな。その温もりだけは、なんとなく憶えがあるんだ」
 顔も、声も、憶えていない。それでも温かかったという思い出だけは。
 残っているんだ──と、下を向いたままティムは呟く。
 トニーはどう返していいものかわからなくなって、無言でそれを見つめた。
 そもそもトニーは母親を知らない。親というものがどういうものなのかがわからない。
 赤ん坊の頃から孤児院で育てられ、孤児院の中しか知らなかった彼にとって、親というのは縁遠い存在だった。
 寂しいと思ったことはない。最初から知らないのだから寂しいはずもない。
 けれど──。
「トニーくん?」
 呼ばれて、はっとする。いつの間にかティムがこちらを見ていた。
「どうして、急に……そんなこと」
 不安そうに……いや、心配されたのか。トニーの心中を察したのかもしれない。
「いや、ちょっと気になっただけだよ」
 トニーはわざとらしく伸びをして、言う。
「気になった?」
「その杖のこと」
 顎でティムの手許を示す。少年は今も大事そうに杖を抱えていた。
「そいつの持ち主は、母ちゃんだったんだろ」
「あ……うん」
 ティムは杖を身体から離し、見上げる。先端には巨大な獣の鉤爪かぎづめのような飾りがついている。
 巨大な、獣。
 ──守護獣。
「バスカーってのは、ガーディアンを信じてる人たちなんだろ」
「そう……みたいだね。ボクはあんまり知らないけど」
 トニーもそれほど詳しくはない。
 ただ、そのバスカーの中には特殊な力を持った者もいるという話は、聞いたことがあった。
 ガーディアンの加護を得て、様々な奇跡を起こす聖なる巫子──。
 もし仮に、ティムの母親がそうした者であったのなら。
 この少年も──。
「なあ、ティム」
 トニーは言った。
「やっぱり、あの光は──」
 ──光が。
 木々の隙間から。
「あ……」
 夜が──明けた。
 大地の際より放たれた陽の光が、幹の間を縫って少年たちを照らし上げる。
「トニーくん」
 呼ばれて振り向くと、ティムは反対側を見ていた。森の奥へと続く一本道の、先を。
「もしかして、あれが……」
 ──ああ。
 トニーは苦笑する。
 こんなに、近くだったんだ。

 道の先には、曙光しょこうに照らし出された鈍色にびいろの建物が、鎮座していた。

「ね、アシュレー」
 街道から外れてでこぼこの小径こみちを歩き始めた頃に、ふとリルカが口を開いた。
「なんか今回、わたしたちの出番少なくない?」
「は?」
 アシュレーは聞き返したが、当人はまあいっかと早々に話を打ち切ってしまった。
「そうそう、わたし、新しい魔法使えるようになったんだよ」
「へえ。攻撃魔法か?」
「うん。『ブレイク』って、でっかい大岩をズガドガーンってぶっつけるんだ」
 魔法の説明らしからぬ言い回しに面食らいつつも、アシュレーは凄いなと頷いてみせた。
「昨日、タウンメリアのマジックギルドで作ってもらったんだ。けっこう腕いいね、あの店」
「ああ、うちのはす向かいの店か」
 そういえば魔法の杖を模した立て看板が軒先に出ていたな、と思い出す。
 呪符クレストグラフを媒介にして使用する魔法は、魔法使いにとって最も一般的なものであるらしい。そのため呪符を作成するマジックギルドも全国の街に設置されている。あまり気にしたことはなかったが、あの店もそうしたマジックギルドの一つだったようだ。
「呪文も苦手だけど、がんばって覚えたんだよ。早く試してみたいなー。そのへんにしょぼい魔物とかいないかな」
「そんな都合よく出てくるわけが……あ」
 都合よく出てきた。
 空中に浮遊する球形の魔物……バルーン二匹が、こちらに向かってきていた。
「よっし、飛んで火に入る夏ミカンッ!」
 間違ったことわざを叫びながら、リルカはパラソルを構える。
 ところが。
「……れ?」
 後ろにいたはずのブラッドがいつの間にか立ち塞がり、あっさりと魔物たちを退けてしまった。拳で突かれたバルーンは風船のように破裂し、後には黄色いガスのような気体だけが残った。
「ち、ちょっと、倒さないでよッ。せっかく魔法試したかったのに~」
「こんな雑魚相手に使う必要はない。体力の無駄だ」
 こちらに戻りながら言うブラッドに、リルカはそうだけどさー、とむくれる。
「グローブの具合は良さそうだな」
 リルカの頭を軽く叩いて慰めつつ、ブラッドに声をかけた。
 彼はボフールに特注で作ってもらったマイトグローブをめていた。いかにも重厚そうな金属の手甲だが、比較的軽い素材が使われており、見た目ほどには重くないらしい。
「馴染むまでにはまだ時間がかかるが……まあ悪くはない。後はこちらの威力を試してみたいが」
 ブラッドはグローブの甲の部分を撫でながら言う。一段盛り上がっているその部分には、超小型のARMが内蔵してある。ボフール曰く、アシュレーのバイアネットよりは威力の劣る炸裂弾らしいが、至近距離で撃てるため実質的な破壊力はこちらの方が上だという。
 また、とんでもない武器を作ったものだな、とアシュレーはつくづく思う。あの髭もじゃマイスターの発想と技術力には毎回驚かされる。
「こんなザコにARMはもったいないよね。弾のムダッ」
 猫のように威嚇しながらリルカがブラッドに言った。先程の仕返しのつもりらしい。
「ま、まぁ、後でいくらでも使う機会はあるよ。どっちも」
 両者の板挟みとなったアシュレーは、その場を逃げるようにして再び歩き始める。
 前方に森が見えてきた。アーヴィングの話では、あの森の中央にライブリフレクターがあるとのことだが。
「あれ?」
 森に入ったところで、リルカが何かを見つけた。道の脇に生えた茂みの手前に立ち、向こうを覗き込んでいる。
「ねえ、これって」
 アシュレーも後ろから覗き込む。
 そこには野営の跡があった。炭となった薪はまだくすぶっている。周囲には食糧の包み紙らしきものも落ちていた。
「誰か……いたのか。渡り鳥か?」
「こんな何もない森に来る酔狂な渡り鳥もいないと思うが」
 ブラッドが言う。
「何もないことないじゃん。ライブリフレクターあるんでしょ」
「あれは許可がないと使えない。無断で使ったらたちまち拘束されて投獄だ。渡り鳥ならその程度のことは知っているだろう」
「じゃあ、一体誰が……」
 アシュレーは、顔をしかめる。
 何となく……嫌な予感がした。
「とにかく、ライブリフレクターに向かおう」

 それは、薄暗いほこらのような建物の中でのことだったという。

「だから、わたくしは最初から気が進まなかったのです」
 甲高い声でスコットがまくし立てる。珍しく感情的だ。
「例えこの方法しかなかったとしても、です。まずは丹念にリサーチを行い、安全性と確実性を充分に確かめた上で実行に移すべきだったのです。それをこんな行き当たりばったりで行動するから」
「あーあー、わかったっての、もう」
 トニーは耳を塞ぎながらわめいた。
「行き当たりばったりなのは認めるよ。でも、まさかこんなコト予想できるわけないじゃんよ」
 そう。予想などできるわけがなかった。
 まさか、こんな──。
 ライブリフレクターが故障しているなんてことは。
 専門書に載っていた操作方法は頭に叩き込んであった。その通りにやって転送台に乗ってみたのだが、うんともすんとも反応しない。完全に沈黙している。
 途方に暮れたところで、転送室の隅に扉を見つけた。一縷いちるの望みを抱きつつ入ってみると、そこには透明な硝子板に仕切られた部屋があった。仕切りの向こうには、巨大な金属の筒。この筒が装置の動力源だろうか。
 起動し直せばあるいは……と思ったが、操作盤も仕切りの中に入れるような扉もついていない。こちら側からはアクセスできそうもなかった。
 完全に、手詰まりである。
「どうして動かなくなっちゃったのかな」
 ティムが硝子の仕切りに手をつきながら、筒を覗き込んでいる。
「ずっと昔から動き続けていたんだよね。それが今になって止まっちゃうなんて……」
「知らねぇよ、そんなこと」
 トニーは仏頂面でその場に胡座あぐらをかいた。ずっと期待していただけに、失望も大きい。
「これではもう無理でしょう。速やかに引き返すのが得策かと」
「そうだね……残念だけど」
 スコットとティムも肩を落としている。その姿を見て、トニーは一層悔しくなった。
 せっかくここまで来たのに。
 仲間と力を合わせて、辿り着いたというのに。
 こんな形で……終わってしまうのか。
 ──ちくしょう。
 無性に、腹が立ってきた。
 何に対してなのかはよくわからない。無計画な自分にか、それとも動かないライブリフレクターに対してなのか。
 とにかく、今は。
「こんの……」
 発散させなければ気が済まなかった。
「ポンコツがあッ!」
 立ち上がり、硝子の仕切りを思いきり蹴飛ばした。
 もちろんその程度で割れるはずもない。重い音を響かせて硝子が震えただけだった。
 ──が。
「えッ」
「は?」
 下を向いて息をついていると、ティムとスコットが声を上げた。
「なんだよ、どうした──」
 おもむろに顔を上げて──固まった。
 仕切りの向こう、金属の筒のさらに奥から、何かが。
 こちらを覗いている。
 とても大きな、大きな白い影が──。
 暗がりから、ぬうっと姿を現した。
「う、わあああッ!?」
 トニーは尻餅をついた。ティムとスコットも仕切りから離れる。
 それは、つるつるの白い肌をした魔物だった。人間のように二本足で立っているが、人間より数倍は大きい。頭部についた昆虫のような丸い眼で、こちらを硝子越しに窺っている。
「な、なんだよこいつはッ!?」
「わ、わたくしなりの結論といたしましては、恐らく魔物……いやモンスター、あるいは怪獣とも呼称すべき巨大で不可解な……」
「そんなこと聞いてないッ。なんでこんなトコにいるんだよッ!」
 スコットと言い合っているうちに、モンスターはさらににじり寄ってきた。そして。
 つんざくような咆哮ほうこうと共に、全身から電撃を放出した。
「ひええッ!」
 トニーは頭を抱えたが、硝子の仕切りに遮られて電撃はこちらに届かなかった。だが仕切りの向こうはあちこちが黒く焦げて煙を上げている。食らったら一巻の終わりだろう。
「電撃の魔物……もしや、ライブリフレクターが停止したのは」
 スコットが言う。トニーもはっとした。
「こいつがエネルギーを吸い取っちまったから、かッ」
 ならば、こいつを倒せば。
 ──いや、倒せるはずがないだろ。
 気を取り直して逃げようとしたとき、魔物が再び動いた。腕を振り上げ、金属の塊のような拳を。
 硝子の仕切りに振り下ろした。
「やば……ッ!」
 トニーたちは部屋の隅に転がるように逃げ込む。魔物によって仕切りが砕かれ、硝子の破片が滝のように巨体に降り注いだ。
 破片の滝を潜って、白い魔物がこちらに迫り来る。
「に、逃げ……ッ」
 声が詰まった。無機質な両眼で見下ろされ、射竦いすくめられてしまう。
 部屋の出口まではほんの数歩。だが、その数歩がひどく遠く思えた。足が震え、呼吸が激しく乱れる。
 モンスターの背中の方で小さな電気が爆ぜた。電撃が来る。
 ──ダメだ。
 トニーはギュッと目を瞑る。
 咆哮と、電撃。
 ああ。終わった。死んだ。
 …………。
「あ……れ?」
 死んでいない。意識がある。まだ生きている。
 そっと、目を開けてみた。
 すると──。
「て……ティム!?」
 目の前に、ケープのような上着が翻っていた。両足を踏ん張り、杖を掲げた麦穂の髪の少年が──。
 電撃を受け止めていた。稲妻のようにほとばしる光が全て、その杖の先に集まっていた。
 そして、ティム自身も光に包まれていた。今度は見間違いではない。光の出所は──腰に提げた鞄の中。隙間から洩れた光が帯状に広がり、まるで一枚の布のように少年を包み込んでいる。
 あの鞄に入っているのは、ケーシィの手紙に物語の本、それと……。
 ──守護獣の石版ミーディアム──。
 電撃が止んだ。ティムはまだ輝いている。徐に杖を下ろし、苦しそうに肩を上下させている。
 声をかけようとした次の瞬間、少年は再び動いた。
 何か聞き取れない言葉を呟きながら、杖を下手に構え、右足を一歩踏み出す。およそティムの動きとは思えなかった。何か別の意志によって突き動かされているような──。
「────ッ!」
 トニーが理解できない言葉を叫びながら、ティムは杖を振り上げた。
 杖の先から放たれたのは、電撃を束ねたような光の砲撃。それは白いモンスターめがけて──いや。
 モンスターの横を抜けて、背後の金属の筒に命中した。
 一瞬、部屋全体が弾けたような衝撃が起きた。そして。
 部屋が──明るくなった。
 建物に……ライブリフレクターに、エネルギーが戻った──?
「お、おい、ティム!」
 周囲に気を取られているうちに、ティムが膝から崩れるようにして倒れた。あの不思議な光も消えている。
「ティム! しっかりしろ!」
 呼びかけたが、少年は地面に伏したまま動かない。
 視界の端で巨体が再び動き始めた。モンスターが、こちらに来る。
 逃げなければ。だが、ティムをこのまま置き去りにはできない。
「ちっ……くしょうッ!」
 トニーは横たわるティムの前に躍り出た。リュックから工具を取り出して、構える。
「いけません、トニー君!」
 後ろからスコットが叫んだ。
「スコット、お前はティムを連れて行けッ」
 少しでいい、時間を稼げれば。
 巨大な影が躙り寄る。見上げると目が合った。捕捉された。
 今度こそ──終わったかな。
 歯を食い縛り、破れかぶれで飛びかかろうとした、そのとき。
世界を支えし大地よ、摂理を外れし者に儼乎たる鉄槌をラ・グルンド・キ・バージ・モンド・ロンプ・ヘレズーロ
 背後で声がした。これは……呪文?
 振り返ろうとしたトニーの横から、格子柄の赤いパラソルが突き出される。
 そして。
 空中にいきなり大岩が出現し──魔物の頭に落ちた。脳天をしたたか打った魔物はたたらを踏んでいる。
 トニーは後ろを見た。そこには。
 翳した傘を下ろしてなお身構える、凜々しい面立ちの少女が。
 銃口を魔物に向けて狙いを定める、青い髪の青年が。
 鋭い眼光で前を見据え拳を固める、屈強の戦士が。
 少年たちを守るようにして──立っていた。
「あ、あんちゃ……!」
 声をかけようとしたが、視線で制された。
 青年はモンスターに照準を合わせ、ライフルの引金を引いた。弾は白い巨体の中心に命中し、炸裂する。衝撃でモンスターは仕切りのあった付近まで後退する。
 そして、背後に控えていた戦士が動いた。間合いを一気に詰め、巨体の下腹の部分に右拳を叩き込む。
 戦士はそのまま腹に食い込んだ右腕を、左手で触れた。鋼の手甲の、手首のあたりにある撃鉄うちがねを──指で弾く。
 次の瞬間、魔物が爆発した。肉片と、骨とも金属ともつかないような破片が飛散する。
 モンスターは腰から下だけを残して……完全に吹き飛んだ。
 ──凄い。
 あんな大きなモンスターを、あっという間に倒してしまった。
 これが本物のARMS──。
「あたッ」
 茫然と地面にへたり込んでいたら、額を指で弾かれた。
 目の前に青年の……アシュレーの顔があった。
 怒っている。
「どうしてこんな顔をしてるか、わかってるな」
「あ……うん」
 トニーは目を伏せた。アシュレーもそれ以上は何も言わなかった。
「で、あんたたち、なんでこんなトコにいるの?」
 リルカが尋ねる。トニーは素直に、ここまでの経緯を洗いざらい話した。
 そしてアシュレーもここに来た理由を教えてくれた。親書を渡す任務のために、ライブリフレクターを使ってシルヴァラントに行くところだったという。
「なんだ……だったら最初からあんちゃんに頼めばよかったんだな……」
 トニーがぼやくと、再びアシュレーが恐い顔をする。
「ちっとも反省してないみたいだな」
「い、いや、してるって。迷惑かけました。ごめんなさい」
 トニーは首を竦めて繰り返し謝る。ホントにバカだねーとリルカが横で呆れている。
「んで、こっちの……ティム、だったけ。大丈夫なの?」
 まだ地面に倒れている少年を、リルカが覗き込む。
「さっき看たよ。気を失っているだけみたいだ。そのうち目を覚ますとは思うけど……」
 アシュレーは顔を上げて、部屋の奥に視線を向ける。
 金属の筒を中心にして、周囲の床や壁や天井が不可思議な光を放っている。つい先程まで真っ暗だったのに、今は眩しいほどに明るい。
「本当にティムが、ライブリフレクターを動かしたというのか……?」
「嘘じゃないよ。オレたちだって二度も助けられたし」
 言いながら、トニーはティムを見る。
 地面に伏した少年の横顔。瞑目したままの顔はさっきよりも血色が良くなっていたが、それでもまだ白い。その端正な目鼻立ちとも合わさって、まるで女の子みたいで……。
 慌てて顔を背けた。
 ──なにを考えているんだ。
「とにかく、僕らだけでは判断できないからアーヴィングに報告するよ。ついでにお前たちの迎えも頼んでおく」
「え、いいよそんなの。オレたちだけで……」
 断ろうとしたが、また恐い顔をされたので大人しく従うことにした。
 通信機での報告を終えると、アシュレーは向き直った。
「ライブリフレクターについては、後日アーヴィングの方で調査をするらしい。とりあえず動作に問題はなさそうだから、僕たちはこのまま任務を続行する。お前たちは森の入口で迎えを待つこと」
「は~い……」
 不承不承ふしょうぶしょうトニーは返事をした。それから、思い出す。
「そうだ。あんちゃん、この手紙頼めないかな」
 ティムの鞄からケーシィの手紙を取り出して、アシュレーに差し出す。
「届け先はハルメッツ、だったか? 任務もあるから行けるかわからないけど」
「いいよ、それで。オレの頼みというか、ティムからのお願いってことでさ」
 青年は横目でティムを見てから、わかった、と手紙を受け取った。
「ちぇっ、やっぱりティムには甘いんだな」
 ねるように言うと、そういう可愛げない態度するからでしょうが、とリルカに指摘された。

 アシュレーたちと別れて、建物を出た。
 まだ目を覚まさないティムを背負い、森の出口へととぼとぼ歩く。隣のスコットはティムの荷物を持っている。体格はスコットの方がいいのだから、普通は逆だろうと思うのだが。
「あーあ、初任務は失敗か」
 歩きながら、少年ARMSのリーダーは言った。
「まあ、生きて帰れただけでも良しとすべきでしょう」
 頭脳労働担当は、いつも通り冷静に返した。
 紅一点(?)の少年は、背中で寝息を立てている。
「そうだなぁ。ま、こんなもんか」
 呟いて、前を向く。出口が見えてきた。
 目的は、果たせなかったけれども。
 仲間たちと力を合わせ、知恵を絞って目的に立ち向かった。ちっぽけな旅ではあったかもしれないけれど、彼らにとっては大きな冒険の思い出だ。
「よーし、次はきっと成功させるぞ! どんな任務もどんと来いだ」
「ほう。どんと来い、とな」
 景気づけに拳を振り上げたところで、知らない声が聞こえた。
「ならば、わらわからの任務も受けてもらうかの」
 森の出口に人影があった。お化けの着ぐるみを被った、妙ちきりんな人間が立っている。
「大人を心配させる不届きな子供には──」
 女の声のお化けは、彼らに告げた。
「お尻ペンペンの刑じゃ」

 ファルガイアの乾いた空に、少年たちの叫び声はよく響いたという。